荊の華と朽ちた季節 | ナノ

人狼ゲーム2


死体…否、もはや死体と呼んでいいのか定かではないものに変わり果ててしまった英賀保の部屋を出て、残された五人は円卓に座る。

「…狂ってやがるな…」

ぽつりとローズローザが漏らすと、ローレンも同意の意を込めて頷いた。

「しかも今日は、処刑もしなきゃならないんですよね…」

巳子が溜息をつくと、キューズも眉を顰めて深い息を吐いた。

『それでは皆さん。二日目のディスカッションを始めてください。時間は二分です』



「……どうせ誰も喋らないから言うけどさぁ」

口を開いたのは、やはりローズローザだった。

「まさか英賀保が食われるとは思ってなかった」

「僕も思ったよ」

同意したのは、キューズだった。キューズは手を組んで円卓に肘をついている。

「ここでもし巳子が食われてれば、巳子を狼だと言い張ってたローズローザが怪しくなる。ローズローザが食われてたら、自分を疑ってかかった彼を仕留める理由として巳子が怪しくなる」

「け、けど、殺られたのは、英賀保だった…」

「そう、英賀保は誰も疑ってなかったし、誰かに疑われてもなかった」

「…話し合いは、ほぼ振り出しに戻ったようなものですね」

そして、再びの沈黙。痛みすら感じるような沈黙にいたたまれなくなったのだろうか、ローレンは俯き、鼻を啜った。

「やだ…だれにも死んでほしくないよぉ…」

漏れる嗚咽。ローズローザが彼女を慰めようと手を伸ばすが、先に彼女の肩を抱いたのはキューズだった。

「…君の気持ちは分かるよ、ローレン」

ローレンは一心に頷く。キューズがこちらを見て微笑む。ローズローザは目を見開き、舌打ちして脚を組んだ。

「……あまり、疑いをかけるようなことを言うと、わたしまで疑われてしまうのですが、」

控えめに声を上げたのは、巳子だった。彼女は目を細め、視線を動かす。

「今日は随分と、お静かですね…?」

彼女の視線の先には、遥叉。彼はゆらゆらと尻尾を揺らし、巳子の視線に笑みを投げる。

「沈黙は金、って昨日キューズが言ってたじゃん。逆を言えば、雄弁は銀でしょ?」

「…けれどそれは、あなたが狼である場合にも言えることでしょう」

遥叉の顔から笑みが消えた。と思ったのも束の間で、「僕を疑ってるんだね」といつの間にか彼は笑っていた。

「……じゃあ、僕は巳子を疑うよ。それが相場ってやつでしょう?」

「お前、こんな状況で相場だのなんだの言ってる場合じゃねぇだろ!」

ローズローザが遥叉に掴みかかるが、遥叉は動じない。にやりと目元で笑い、ローズローザの手首を掴んだところで、スピーカーから『時間です』とアナウンスがかかった。

『それでは皆さん、順番に疑わしい人を挙げてください』

「俺は遥叉が狼だと思う」

アナウンスと被るようにローズローザが立ち上がって声を張り上げる。

「この状況で相場だのなんだの抜かす奴を、俺は仲間とは思えない」

「どうせ誰か殺されるのに?」

遥叉は淡々とも言える声色で返す。ローズローザが息詰まるのを見て遥叉は微笑み、「座りなよ」とローズローザを座らせる。

「僕は巳子を」

「わたしは遥叉を」

「わ、わたしも、は、遥叉か、な…」

「僕も遥叉で」

順番に名前を挙げる中で、遥叉と巳子が挙がった。そして、遥叉の方が強い疑いを向けられている。
遥叉は、それでも微笑んでいた。

『それでは、音無遥叉を処刑します』

円卓の、遥叉が座る椅子の背もたれから異様な音がする。すると背もたれから鋭利な刃物が飛び出した。それはちょうど、真横に動かせば遥叉の首を刎ねることができる位置。
それでも、遥叉はまだ笑っていた。

「どうせ誰かが殺されなきゃならないんだ」

そして、警告音にも似た甲高い機械音。刃物が、遥叉の首を刎ねた。
ごとり、と狐の首が円卓に落ちる。泣き叫ぶローレンをきつく抱き寄せるローズローザ。口元を手で押さえるキューズ、目を伏せる巳子。

『それでは皆さん、今日のディスカッションはこれでしまいです。各自、お部屋に戻って明日をお待ちください。明日の朝、皆さんが顔を合わせられますように』



ろくに眠ることができなかった。ローレンは泣き腫らした目を擦り、部屋から出てくる。愛しい彼が隣の部屋から出てくるが早いか、ローレンは彼に抱きついた。「い、いきなりなんだよ」と満更でもない様子を見せる二人の前に、キューズが現れる。そして。

『おはようございます。本日の犠牲者を発表します』

悪夢がまだ終わっていないことを知る。昨夜首を刎ねられた彼が、狼ではなかったことを知る。
ぎぃ、と、出てこない彼女の部屋の扉が開く。ローズローザとキューズが顔を見合わせ、キューズが頷いて部屋に踏み入った。そして、息を飲んだ。
ベッドの上、手足を杭で打ち付けられ、心臓にあたる部分にも杭。そして…一際太い杭が、真っ赤に染まった場所に刺さっていた。頭は見つからない。赤い水溜りとざんばらに広がった髪が、辛うじてそこが頭のあった場所だろうと教えてくれた。

『本日の犠牲者は、和泊巳子です』

そして、最後の一日が訪れる。