荊の華と朽ちた季節 | ナノ

人狼ゲーム1


『この中に、狼が紛れ込んでいます』

荊華院の屋敷の外れ、しかしそれでも荘厳な建物に、六人は押しやられた。各々が円卓に着席し、周りを見渡す。いつも目にする、人間ではないものたちの集まりだった。

「……狼ですってぇ」

口を開いたのは、この面子を取り仕切る鬼、英賀保だった。英賀保はにやにやといつも通りの笑みを浮かべながら、自分のパーカーのフードの紐を弄っている。

「巷で噂の、人狼、というやつでしょお?」

「存じてます」

応えたのは、蛇女、巳子だった。憂いるよう細められた目を伏せている。そんな彼女の隣で、円卓の上に足を乗せたのは、人造人間の青年、ローズローザ。

「夜な夜な人を食う狼ってか」

「そ、その狼を特定する為に、わ、わたしたち、ここに押し込められたんだね…」

『左様』

同じく人造人間のローレンが言うと、円卓の中央の延長線上にある天井に吊るされた粗末なスピーカーから、ノイズ混じりの女の声がした。

『これから皆さんに、ディスカッションをしていただきます』

「…ディスカッション?」

妖狐の遥叉がスピーカーを見上げて首を傾げる。その隣で、化物であるキューズは相変わらず読めない笑みをたたえている。

『話し合って、毎日皆さんの中からひとりずつ、狼と疑われるひとを処刑してもらいます。狼は夜中に襲います。故に、』

「狼を処刑できれば、毎晩の殺害は起こらないんだね?」

キューズの言葉に、スピーカーから『左様』と決まり切った返事が返ってくる。

『それでは皆さん。ディスカッションを始めてください。尚、初回のディスカッションは処刑はないものとします。時間は二分です』



「…さて」

「ひとを食うっていえば、巳子だよなァー」

場を仕切ろうとした英賀保を阻み、ローズローザが身を乗り出して巳子を指差す。ローレンはそんなローズローザの服の裾を掴み、「お、おちついて」と座らせる。

「…そんなこと言うあんたが一番怪しいんですけどー?」

「あぁん?やんのか遥叉てめぇ」

「も、もう、落ち着いてよローズローザぁ…っ!」

遥叉はぴょこぴょこと耳を動かしながら、声を荒げるローズローザを見てにやにやと笑っている。話に上がった巳子は、「…偏見で疑われるのは、解せないです」と悲しそうに顔を伏せた。

「そんなことを言われたら、わたしまでローズローザを疑ってしまいます」

「ほらね!誰だってそう思うよ?第一声があんなんだったんだからねローズローザ!」

煽るような遥叉の物言いに、ローズローザはローレンの腕を振り払って立ち上がった。その時、耳を裂くような音が場を沈黙へと誘う。…英賀保が円卓を叩いた音だった。木でできた円卓には、罅が入っている。

「時間の無駄ですよぉ。まずは各個人の直感を信じましょお?今回はまだ処刑はしないんですからぁ、己の直感を大事にできる段階でしょお?」

次回からはきっとそうは行かないんですからねぇ。英賀保の言葉に、ローズローザは舌打ちして着席する。遥叉も舌打ちし、ふいっとそっぽを向いた。

「…そういえば、さっきからキューズ、何も言わないね…?」

ふと、ローレンがキューズの方を見てぽつりと言う。キューズは彼女に微笑みを投げかけ、ゆったりと首を傾げた。

「僕は狼じゃないよ。沈黙は金、って言うじゃないか」

下手に声を上げると、そこのおバカさんみたいになるしね。キューズのその言葉を皮切りにしたかのように、スピーカーから『時間です』と声がかけられた。

『それでは皆さん。今日のディスカッションはこれでしまいです。各自、お部屋に戻って明日をお待ちください。明日の朝、皆さんが顔を合わせられますように』

そんなことは叶わないというのに、スピーカーの女の声は淡々と述べる。各々が自室へと去っていく中、英賀保はスピーカーを見上げ、小さく微笑む。そして踵を返し、自分の部屋へと戻っていった。



『おはようございます。最初の犠牲者を発表します』

そんなアナウンスと共に、彼らは目を覚ます。ローズローザは部屋を飛び出し、ローレンは恐る恐る扉を開ける。キューズと巳子、そして遥叉は何の気なしに部屋から出てくる。…ひとり、出てこない。
異変に気付いたローズローザが、急いで隣の部屋に駆け込む。そして目に入った光景に息を飲み、彼に次いで部屋に入ったローレンが悲痛な悲鳴を上げた。

『最初の犠牲者は、英賀保です』

ベッドの上には、肉片や髪のようなものがこびりついた骨。部屋中が真っ赤に染まり、壁や床には塊が落ちていた。そう、それはまるで、狼に食い散らかされた餌のよう。