荊の華と朽ちた季節 | ナノ

あなたが死んだとされた日


季節は巡る。立夏を迎えれば、共に可愛い息子の二回目の誕生日も訪れる。それはつまり、愛しい人の死を意味していた。

乳母に息子を寝かしつけるように託し、美桜は中庭の花壇に向かう。少し時期の早い百合の花がひっそりと佇んでいた。しかし、恐ろしい程に白い花弁は、控えめでありながらどこか強烈な存在感を滲ませている。

西洋の花々を日本でも栽培できるようにと研究を続けた美桜にとって、その百合は偶然の産物だった。枯れない百合。それを生み出した時、荊華院と提携を結んでくれていた異人は恐れ慄き、交流の解消を求めてきた。「そんな恐ろしい花を生み出すとは、あなたは魔女だ」そう言って異人は美桜の前から姿を消した。
美桜がその異人からもらった資料を読み漁っていると、どうやら西洋には魔法の花があるらしい。それは決して人間の手で生み出すことはできず、空想でしかないと思われていた。しかし、今美桜の目の前には悍ましい程に白い百合が咲いている。資料にはこう記述されている…その百合と共に葬られた死体は蘇る、と。

美桜はその百合を、愛しい人の葬儀に使おうと思っていた。土に眠る彼と共に埋めようと思っていた。どうして彼が死ななければならないのだろう。荊華院と彼ら季朽の因縁故に、彼との子を成してから彼は死ななければならない。生きていて欲しい。最近はずっとそのことばかり考えていた。そして、たまたまこの花が出来上がった。
人道に反した花だということは百も承知だった。死すべき人間をもう一度蘇らせるなど、あってはならないことだろう。しかしそれが真実であるかは分からない。それでも美桜は、一縷の望みに賭けたかった。

そのことを親友に伝えると、親友は止めなかった。かなしそうな顔をしていたけれど、「美桜が望むなら」と言ってくれた。そして美桜は、彼女と彼女の愛しいひとのことを思い出した。彼女は愛しいひとを置いて先に逝く。ならば。

「あなたの葬儀には、この百合を使いたいな」

しかし親友は首を横に振った。彼女は人として死ぬことを望んでいた。「やっぱり芙蓉さんには叶わないや」口に出しそうになって、飲み込んだ。一度死んでもいいから、生き返りでもいいから生きて欲しいなんて望む自分の浅はかさを突きつけられた気がした。


そして、可愛い息子の二回目の誕生日の日。彼は殺された。荊華院の永遠の美の為に生贄にされた。美しい彼の血を引く荊華院の美はさらに繁栄していくことだろう。誰かがそう言った。しかし美桜の耳には、定型文のようなそんな言葉など耳に入らなかった。

「愛してるよ、美桜」

穏やかな笑顔、優しい声と共に毒杯をあおぐ彼の最期の姿が美桜の頭の中に浮かぶ。白百合に囲まれて土の中に埋められていく棺を見つめ、美桜は一筋の涙を流した。


季節は巡る。一巡りし、息子の三回目の誕生日が訪れる。親友が祝いに来てくれた。心配しに来てくれた。けれど、親友は何も言わなかった。

「やっぱり駄目だったよ」

無意識のうちに口をついて出た。その言葉の意味を知る親友は、そうか、と短く漏らし、短く切り揃えられた髪を揺らした。そして隣で肩を震わせる花の頭に手を置く。彼女は親友の肩に頭を乗せ、声にならない嗚咽を漏らした。


そして魔法の白百合は根絶やしにされ、その白百合を生んだ過程を記述したものは全て燃やされた。

「私みたいに、浅はかなことを願い、愚かなことをしちゃ駄目だよ」

彼女は死の間際、いとしい息子にそう告げたという。




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