荊の華と朽ちた季節 | ナノ

華愛づる鬼


美しい女が、床に臥せっている。そんな彼女の傍に膝をつきながら、彼、否、彼女、…否、強いて言えば"それ"は、彼女の髪を掬い取る。

「…そんな顔をするでない、英賀保」

「…どんな顔してますかねぇ、私ぃ」

彼女の色をなくした唇が弧を描く。それを真似るように"それ"も笑おうとするが、どうにも無理に力が入っている気がする。あぁ、今の私は笑えていないんだなぁ、ということは理解できた。

「……にしてもぉ、鬼女ってのも死ぬんですねぇ」

「当たり前じゃ。鬼女といえど、人の女の腹から生まれたのだから」

口調こそいつもと変わらないが、その声はいつもよりはるかに細い。彼女の紅葉色の目は、"それ"を見ていない。既に見えていないのだろうか、彼女の手が空を彷徨う。"それ"はその手を取り、両の手で包み込んだ。

「なぁ、英賀保や」

「…なんですかぁ」

どんどん細くなる声。"それ"は彼女の口元に耳を寄せる。

「荊華院は未来永劫、美しく咲き続けるじゃろう。これから生まれ散り逝く花々を、どうかお前が守り続けておくれ」

語尾はもうほとんど消えかけていた。彼女の手から力が抜け、とん、と布団の上に落ちる。その手をもう一度拾い上げ、"それ"は祈るように額を合わせた。



左手でパーカーの紐をいじりながら、右手で湯呑みを持つ。ずずず、と音を立てながら湯呑みの中身を口にし、"それ"は顔を顰めた。

「なんで湯呑みに紅茶なんですかぁ」

しかもミルクティー…甘ったるぅ…とぶつぶつ文句を垂れながら、"それ"は中身を飲み干し、湯呑みをパーカーのポケットにしまう。
"それ"の目の前には、なかなかの大豪邸が佇んでいる。しかし、家の主は既にいない。逃げ出したのか、あるいは社会的にも物理的にも消されたのか、"それ"は知らない。"それ"には、ただ家の主が残したものを駆逐する使命のみが課せられていた。

「かれこれ千年、約束を守り続けてるんですねぇ…時間の流れとは末恐ろしいですぅ」

"それ"が手を翳した虚空がまるで陽炎のように歪む。その歪みは"それ"の手の中に集まり、形を成す。

「さて、とぉ」

手の中に収まったそれはまるで鬼が担ぐ金棒のよう。…否、それは確かに金棒だった。金棒を肩に担ぎながら、"それ"は目深に被っていた帽子を外す。額から生えた二本の角、尖った耳、ぎらぎらと輝く金色の目。それはまるで、鬼のよう。…否、"それ"は確かに鬼だった。

「みんな大好き鬼さんが参りますよぉ」

片手で金棒を振り回しながら、鬼は歩みを進める。その口元に浮かぶ笑みは、千年経っても変わらない。

「荊華院に楯突くものは塵も残さず殲滅せよ」