いつかの約束を果たすまで愛しい人よ、見ていますか。 「キューズ」 白熱灯の下で輝く白銀の髪を揺らしながら、彼は振り返る。そして視界に彼女を捉え、色を無くした唇に笑みを浮かべた。 「お嬢様」 鉄製のブーツのヒールを高らかに踏み鳴らす彼女に向かい、彼、キューズは恭しく平伏す。彼女はばつが悪そうに口を尖らせ、「面を上げなさい」と促した。言われた通り、立ち上がって彼女を見る。 「……あのね、キューズ。彼女……ローザ=ウォーブローのことなんだけれど」 ローザ=ウォーブロー。その名を聞き、彼の顔が強張る。その名を持つ女性こそ、キューズが探し求めている人。その女性とよく似た顔をした目の前にいる彼女は申し訳なさそうに俯き、口を開いた。 「ローザ=ウォーブロー。大陸の貴族の令嬢だったけれど、六十年前に家が没落し、ジパングに移住」 キューズは数百年前に海を渡り、そこでウォーブローの人間に捕まった。そして地下で永い間眠っていて、彼女の叫びで目覚めた。 紆余曲折を経て、彼女と愛を誓ったのだ。人間のなり損ないである彼が人間になる為に、愛しい彼女の血を啜った。着実に人間に近付いていた。 そしてある日、自分が本当は東の島国の貴族に仕えていることを思い出した。「それなら、しっかり仲間に伝えた方が良いわ。あなたはこれからウォーブローの、わたくしのものになると」彼女に言われ、一時的に島国に帰ってきた。 なんて悪い時期だったのだろう。彼の一族は殺戮の限りを尽くされていた。「せめてあなただけでも、将来の荊華院に託す」本当の主人と一族の長によって、彼は再び永い眠りに就いた。 今目の前にいる少女に喚ばれるまでずっと、喚ばれてからもずっと、ずっと彼女が気がかりだった。それがまさか、彼女はこの島国に来ていたのだ。 「……彼女…ローザはね、」 走馬灯のように蘇る記憶の途中で、今目の前にいる彼女の声がした。 「…この荊華院にやって来て、働いて、そして…幼いわたくしを育ててくれたわ」 ふっと彼女が目を伏せる。六十年前にこの国にやって来た異国の彼女は、目の前にいる彼女の家に仕え、そして、散った。 「とても穏やかな方だったわ。随分昔のことだけれど…お婆様のような彼女…ローザが異国のことを色々と教えてくれたから、今のわたくしがあるのかもしれないわね、なんて。…そして最期は、眠るように」 ふと見れば、彼女の目尻に涙が浮かんでいた。彼にとって大事だった彼女は、目の前の彼女にとってもかけがえのない女性だったということを物語っていた。 『薔子お嬢様、誰かを愛することって、この世で一番素晴らしいことでございますよ』 「……それが、ローザの口癖だった」 はらりと横髪が零れ、彼女の顔を隠す。彼がしばらく彼女を見つめていると、ゆっくりと彼女は顔を上げた。 「ローザは、その長い人生の中で、あなたをずっと愛し続けていたのね」 キューズの紫の瞳が揺らぐ。彼女は上品な微笑みを浮かべ、彼の目をまっすぐに見た。 そのまっすぐな紅に、キューズも思わず笑みを零す。 「……やっと決心がついた」 キューズはふっと顔から笑みを消し、再び彼女に跪く。そしてその手を取り、己の額に触れさせた。 「ローザはもういない。しかし、あなたがいる。僕は、荊華院に飼い慣らされる獣に戻りましょう。あなたを、お守りします」 お許しを、と言う彼の言葉を聞き、彼女はさらに笑みを深めた。冷えた彼の手に手を重ね、赤く色付いた唇を動かす。 「わたくしに従いなさい、キューズ」 「……御意」 Title by 秋桜 [ back to top ] |