夢の中でそこは、白い百合が咲き誇る花畑だった。眠った後の夢の中、一週間に一度という頻度でこの花畑に立っている自分がいる。そして、ここに来ることによって会える人々のことを、薔子は知っていた。 「しょうこちゃん」 幼さが残る高い声が薔子を呼ぶ。振り返ると、肩の上で髪を切り揃えた、母とよく似た面影の女性が立っていた。 「おばあさま!」 駆け寄って腕を伸ばせば、彼女は腕を広げて薔子を受け止めてくれた。ふわりと甘い香りがした。 「会いたかったわ、おばあさま」 「ごめんねぇ、みんなしょうこちゃんに会いたがってたから、なかなか来られなかったんだよ」 「そうね、この間は蒼さまが来られたもの」 美しい人だったわ、言いながら脳裏に浮かぶのは、数代前、江戸時代末期の荊華院当主の番いの女性。泣き黒子が特徴で、誰もが振り返るような美しさを持つ女性だった。 「その前は…あぁ、大おばあさまだったわ、そしてその前がね、お父様だったの!」 「ふふ、みんなしょうこちゃんが大好きだからねぇ」 この夢は、過去と現在を繋ぐ夢だ。かつて薔子の夢に出てきた初代荊華院当主の少女がそう言っていた。死した荊華院当主たちとその番いたちが、現在を生きる荊華院の人間の夢に現れる。夢だが、ただの夢ではない。夢の中に現れる彼らは、夢を見ている者の空想で出来たものではなく、確かに"彼ら"という個なのだ。個が夢の中で語るのだ。 「しょうこ」 祖母は、孫の頬に手を添えて微笑む。そのまま薔子の額に額を重ね、彼女は目を閉じた。 「ぼくらはね、あの人たちと出会えたことを悔いてない、でも、次の番いはそうじゃないかもしれない。そればかりがいつも気掛かりだった。でも、しょうこが愛する人を見つけたから、番いを解き放ってくれたから、ぼくらはとても嬉しいんだ」 薔子も目を閉じて祖母の言の葉を聞く。目の奥がじんと熱くなるのを感じる。 「……わたくしが、終止符を打って良かったのかしら」 「しょうこじゃなきゃできなかったことだよ」 そのまま祖母に抱きつきたかった。けれど、もうすぐ夢が醒める。祖母の手の温もりが遠のくのを感じる。 「ありがとう、しょうこ。しあわせになるんだよ」 夢の内容は鮮明に覚えている。祖母の優しい声が、耳の奥にこびりついている。目覚めても、薔子の涙が止まることはなかった。 [ back to top ] |