荊の華と朽ちた季節 | ナノ

荊の華の女達


「支度なさい、薔子」

勤め先から久し振りに帰宅したと思えば、いきなり母が腕を組んで彼女、薔子にそう告げた。

「え、お、お母様?支度ってそんな、酷だわ!今日はせっかくのお休みなのに!」

「休みの日でないとあなたは帰ってこないでしょう!だから今から行くのですよ」

「行くって何処に、」

薔子とは対照的なか細い体から湧き出ているとは思えない力で腕を引っ張り、薔子の母、桐乃は多数のメイドが控える衣服が取り揃えられた部屋に薔子を連れて行く。

「花を届けに行くのですが、ちょうど良い機会です。あなたもそろそろあの方に挨拶しなければならないでしょう」

頼みましたよ、と年配のメイド長に薔子を押し付け、桐乃は何か言いたげな、それこそ「あの方って誰よ」と言わんばかりの表情をした娘を一瞥し、踵を返してその場から立ち去った。



「お母様、これでよろしいかしら」

赤い薔薇を彷彿とさせる華やかなショートドレスを纏い、桐乃の前に現れる薔子。娘のその姿を見て、桐乃は眉を顰めた。

「またあなたは、そのような西洋かぶれの服装を…」

「お母様の考えが古いのよ。お着物なんて暑苦しいし動きにくいから嫌だわ」

「…怒りますよ、薔子」

かく言う桐乃も、普段は地味な色合いに菊や牡丹などといった淑やかさを想起させる花が縫い取られた着物だが、今回は黒地に赤い薔薇が咲き誇る、彼女にしては珍しく華美なものだった。母を頭の上から爪先まで見て、娘は息をつく。

「…お母様も、人のこと言えないわ」

「我らが荊華院家は元々、この日本で初めて薔薇の栽培と遺伝子組み換えに成功し、花、特に薔薇の分野の市場を独占して繁栄した華道の家です。今や荊華院にしか扱えない花もあるのです。花といえば荊華院。特に薔薇は荊華院家の象徴、あのお方にお会いするのには当然の装いです」

だからあのお方って誰、と薔子が言おうとした瞬間、赤い薔薇の紋章…荊華院の家紋が入ったブローチを胸元に付けた軍服の男が複数やって来た。荊華院の守護に当たる近衛兵だ。彼らは薔子に刀と拳銃を手渡し、一礼してすぐさま立ち去る。

「……あの、お母様、」

「今回は護衛は要りません。あなたがわたくしとあなた自身を守りなさい」

鞘から刀を抜く。普段から愛用している刀だ。帰宅してからの数分間のうちに手入れしてくれたらしく、血を啜った刀身の輝きがいつもより眩い。にっこりと薔子は微笑みながら鞘に刀身を収め、腰のベルトに挟み込む。
ありとあらゆる武器や兵器を扱う薔子だが、銃は好んで使わない。使えと言われれば使うが、獲物を仕留めた心地がしないので銃はどうにも苦手だ。しかし、託されたものは仕方ない。薔子はドレスのスカートの裾をたくし上げ、白い腿に巻きつけていたホルダーに銃をしまい込む。「人前で生足と下着を見せるんじゃありません!」と母に叱責されたのは言うまでもない。

「スパッツ履いてるから大丈夫よ、下着じゃないわ。……お母様、何故護衛をつけないの?」

「そういう問題じゃありません、全くはしたない。……大人数で押しかけてはあちらに迷惑がかかります。それに、若造よりもあなたの腕の方が確かでしょう」

「……まぁそれは、そうだけど…いや待って、わたくしの方が近衛兵より若いわよ」

娘の訂正に、くすりと微笑む桐乃。そんな母の表情に、不覚にも娘はどぎまぎした。荊華院の女は自他共に認める美人だが、我が母ながら四十路手前とは思えない美しさだ、と薔子は思う。かく言う薔子もそんな母の血を引いて、容姿に恵まれているのは勿論彼女自身が一番よく知っている。
屋敷の外へ出れば、迎えのリムジンが門の外に待機していた。

「……お母様、今から何処へ参るの?」

そこでようやく桐乃は反応を露わにする。何度も尋ねようとしたのに、という不服は胸の内にしまい込むことにした。リムジンに乗り込み、桐乃は口を開く。

「神の家の女王の元へ」

…薔子の表情が驚愕と好奇に彩られたのは、言うまでもない。


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泉さま宅「アズライトの心象」とほんのりコラボ。