摘まれた芽に蓮は咲く「花を守るのだ」 戦火の中、母の言葉を全うする為に花蓮はひたすら研究室にこもって種を生み出していた。花が焼かれても、種さえ残れば花は絶えない。日本各地から多種多様な植物達を集め、花蓮は学業の傍ら花達の命の灯火を繋ぐことに努めていた。 「花は癒しだ。だから守る。そして、そうだ、作品を作ろうじゃないか。皆の心の泉になれる、そんな作品を」 そう言って母も自室にこもり、花に囲まれて日々を送っている。一日にひとつ素晴らしい作品を作り上げ、日本各地に飾らせる。国民達の荒んだ心を潤わせる為に。 母の作品は素晴らしかった。豪華絢爛というよりは質素だったが、それが今の国民達の心にはよく染み入る。母は国民達の為、毎日作品を生み続けた。 そんなある日のこと。見たことのない花を見つけ、花蓮は頭を抱えていた。これは作品に活かせるのだろうか、それにしては主張が激しい紫色だな、さまざまな考えを巡らせながら、とにかく母に尋ねようと思い母の部屋に向かう。 「母上、この紫の花なんだが……」 入室の許可を得ずに障子を開く。そして花蓮は足を止めた。 母が横たわっていた。そして、刀が突き立てられていた。母の萌葱色の着物が、真っ赤に染まっていた。 「…は、はうえ」 息苦しくなった。しかし、取り乱すことはしなかった。高鳴る心臓を抑えるように花蓮は深く息を吸い、「巳子!!!」と腹の底から叫んだ。近づいてくる軽い足音が背後で止まったと思えば、「葉ツ芽様!」と少女の声がした。 「…花蓮様、これは…」 狼狽える侍女に、花蓮は振り返りにこりと微笑む。そして侍女は固く頷き、一旦部屋から出て行った。 花蓮は足袋が濡れることも気にせず、赤い水溜りを踏み締める。そして片膝をつき、母の髪を撫ぜる。視線をずらせば、青白くなった母の手には、花蓮が今しがた母に訊きたかった紫の花。 「…使えたんだな、その花」 赤い斑点が付着した花を手に取り、花蓮は口角を吊り上げる。何故こうなった。母が自ら命を絶つはずがない。誰かに恨まれるような母であったか、否、そんなことはなかった。では何故だ、母の行為が気に食わなかったのか。荒んだ国民達の為に花を愛でた母。美しい花をただひたむきに国中に送るという行為が、そんなにいけないことだったのか。 「許さん」 ぎゅう、と茎を握り締める。何もかも全て全部、戦争の所為だ。愚かな人の行為だ。花を愛づるということを愚かな行為だと言うのなら、愚かな行為を以って愚かな行為を止めてやる。愚かな行為を以って、愚かな人の心を救ってみせる。 侍女が人を引き連れて部屋に戻ってくる。そして花蓮は立ち上がり、その人々に灰色の目を向けた。 「私が荊華院だ」 その灰色は、母を貫いた刀身のように鋭く。 「齢十八をもって、私は荊華院第三十五代当主荊華院花蓮となる」 [ back to top ] |