novel | ナノ
「薔薇嬢と仕事してこい、和舞」


事の発端は、上司たる外崎雅のその一言だった。


「あなたが出て来るってことは、今回はそこそこやばいってことね」

「そーゆーことみたいだ」


傍らに佇む薔薇戦争が柔らかそうな布で刀の刃を磨いている。時々反射する刃の煌めきに目を細めている和舞は普段のカジュアルな服装とは違い、薄いピンクのシャツの上から黒いコートに黒い首巻きをしていた。薔薇戦争は顔を上げ、横目に彼を頭の上から爪先まで見下ろしながら眉を顰める。


「…いかにもって雰囲気出てるわね」

「うん、知ってる」

「…狙ってるの?」

「……まっさかぁ」


わざとらしく肩を竦める和舞の仕草は、どこかしらあの図書資料室の主に似ている気がした。同じ空間で過ごしているといろいろ似てくるものなのかもしれない。そう思っていると、周囲の雰囲気が変わったことに気付き、薔薇戦争は目を見開く。


「………和舞、分かる?」

「分からなかったらここにはいないよ。こう見えておれ、強いよ?」

「知ってる。このわたくしをはっ倒したのはあなたが初めてだもの」

「…あー、あの時はごめんね」

「過ぎたことよ、構わないわ」


じっとりとした粘着質な殺気が辺りに充満しているような、そんな感覚を前にして薔薇戦争は布を捨てる。そして和舞の目の前であるにもかかわらずスカートをたくし上げ、腿に巻きつけていたホルダーからナイフを取り出した。同じ形状をしたそれを三本取り出し、和舞に差し出す。


「…………え?」

「貸してあげる」

「や、おれ武器あるし……ってちょ、薔薇嬢?!」


腰に差した刀をすらりと抜きながら薔薇戦争は駆け出す。そういえば二手に分かれようという計画だったはずだ。ここで薔薇戦争が南を向いて行ってしまったから、和舞は北を向いて進まなくてはならない。


「……ちょっと待ってよ、刃物は専門外なんだって…」


ぶつぶつ文句を言いながら、右手に二本、左手に一本ナイフを携えて和舞も走り出した。

そう間もないうちに、角から黒ずくめの男達が飛び出してきた。反射的に飛び退き、一番前に出てきた男の足を払う。


「あっぶねーなぁ!道では飛び出し厳禁だって小学校ん時習わなかった?!」


言いながら携えたナイフを相手に突きつけ、和舞はにっこりと微笑んだ。けれど、その笑みは普段の人懐こいものではなく、獲物を前にした獣のような、一人の暗殺者の笑みだった。


「使い方分かんねーから、あんたらで試させてもらうな!」



「やだわ、こっちには全然何もないじゃない」


刀を振るって血を落とし、薔薇戦争は息をついて肩を落とす。辺りに散らばる死体の真ん中に立つ彼女は返り血ひとつ浴びていない。その整った美しい顔に表情がないまま、彼女は彼が行った方へ歩き出した。

彼が仕留めたと思われるものは、全て肉塊となっていた。薔薇戦争が片付けたものはある程度人間の形を残していたが、目の前に広がっているのは文字通りの塊だった。彼女が貸した小振りのナイフで果たしてこのような惨状を生み出すことができるのだろうか、と甚だ疑問である。


「……まぁ、それが出来るのが和舞なのよね」


血の海を踏み締めながら、薔薇戦争は歩を進める。途中で真っ二つに折れたナイフを二本見つけたので、回収しておく。人に借りたものを壊すとは何たる仕打ちだ、というのは本人に出会ったら言おうと思った。

…そして、悲鳴と笑い声が聞こえた。
突然のことだった上に思いの外近くからだったので、薔薇戦争は耳を塞ぎながら突き当たりを左に曲がる。そして。


「あーもーたまんねー!!!」


彼がいた。普段はひ弱さを感じさせる端整な顔を狂喜に歪めている和舞は、頭の上から爪先まで真っ赤になっている。彼が怪我をしている様子は見受けられず、それらは全て返り血であることを物語っていた。
喉元に鍼灸で使うような太く長い針を宛てがわれ、汗と涙と涎でぐしゃぐしゃになった男の顔から察するに、どうやら和舞はじわじわと追い詰めているらしい。今は丸く収まっていると言えど、やはり根底の彼は紛うことなき殺し屋なのだ。
薔薇戦争は溜息をつき、「クイーンビー」と一言漏らす。和舞の呼び名だ。流石に本名で呼びかける訳にはいかない。
呼びかけに応じるかのように、和舞と男が薔薇戦争の方を見る。彼女は赤銅色の靴の踵を鳴らしながら和舞の隣まで進み出た。


「早く始末しなさい。何をしてるの」

「ごめんね薔薇嬢。久しぶりで気分が上がっちゃって、つい」


全くもう、と視線を下に向けると、彼女が貸したナイフが落ちていた。拾い上げながら、専属武器商人の少女からの請求書を和舞に回してもらおうという考えを巡らせる。


「薔薇嬢、ねぇ薔薇嬢」


ふと頭上から嬉々とした声がする。ナイフに付いた血の量があまりにも多すぎてどうしようか悩みながら立ち上がると、彼は恍惚とした笑みを浮かべて薔薇戦争を見ていた。


「どうしよう、このまま喉笛掻っ切るのもいいけどさ、久しぶりだから針千本飲ませたいんだよなー、あ、薔薇嬢、ナイフありがとう!楽しかった!」


まるで子供のように愛らしい丸い目を輝かせる和舞。あぁそう、と薔薇戦争は何度目ともつかぬ溜息をつき、和舞が捕らえていた男の胸に刀を突き立てた。


「えっ、ちょ、薔薇嬢何してくれてんのおれの獲物!」

「あなたがべらべら喋るから逃げようとしていたわ。詰めが甘いのよ、あなた」


男が息絶えたのを確認し、刀を抜く。血を払って鞘に収めると、和舞の重苦しい溜息が聞こえた。


「ずるいわ薔薇嬢……おれの獲物…」

「はいはい。次はやらせてあげるから。でもさっさとやりなさいよ」


はいはい、と彼の適当な返事を聞き流し、薔薇戦争は踵を返す。和舞はそんな彼女の後をついて行きながらうーんと伸びをし、コートの裏ポケットから桃色のチョコレート菓子のパッケージを取り出した。


「やっぱ仕事の後はアポロに限るよな!」


嬉しそうに笑う和舞。気違いと言っても過言ではない先程の狂った笑みではなく、単純な喜びの笑みを浮かべる彼を横目に薔薇戦争も口元を緩め、ずっと刀を握り締めていた手を彼の前に差し出した。


「…わたくしにも寄越しなさい」










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