novel | ナノ
「さくら義姉さん!」


桜色の髪を揺らしながら歩いていると、自分に向けて声が発されたことに気付く。自分のことを義姉と呼ぶのは一人しかいない、そう思いながらさくらは振り返った。視界に映るのは、青。


「流沙くん、どうかしたの?」


こちらに駆けてくる、流れる沙の名を冠する少年に微笑みを投げかけるさくら。流沙は彼女の前で立ち止まり、息を切らせていた。


「いや、あの、こないだの、」


そう途切れ途切れに言いながら、彼は懐から桜色の袋を取り出しさくらに差し出した。柔らかい質感の袋を受け取れば、中に何か入っていることに気付く。


「こないだ俺の誕生日に祝ってもらったから、お返しで」

「あらやだ、お誕生日のお祝いなのにお返しなんて」

「俺の誕生日ってバレンタインだから」


あそっか、とさくらは納得した様子を見せ、笑みを漏らす。ありがたい話だが、彼には今日を共に過ごすに相応しい相手がいるはずだ。


「わたしよりも薔薇戦争ちゃんの処に行った方がいいんじゃない?」

「……分かってるよ、けど順番ってもんがあるんだ」

「あら」


どうやら言わなくても彼女の元には行くつもりだったらしい、さくらは義弟の真っ直ぐな愛情に苦笑し、彼の肩を持って体を反転させ、背中を押した。


「なら、早く済ませて薔薇戦争ちゃんの処に行きなさいな。女の子を待たせるものじゃありませんよ」

「……ありがとう、さくら義姉さん」


再び駆け出す少年の背中を見送り、さくらはほうと息をつく。その時、背後から気配がした。振り返れば、そこには淡い水色のネクタイにスーツをきちんと着こなした白銀の髪を持つ彼の姿。


「歌織、」


この建物の中ではほとんど誰も呼ばない名で呼ばれ、彼女は幸せそうに笑いながら彼の胸に飛び込んだ。



「じゃあ、おれはこの辺で」

「えぇ、雅にもよろしく伝えてて」

「うっす」


わざわざ部屋までバレンタインのお返しを届けてくれた和舞を見送り、薔薇戦争は扉を閉める。和舞はまたしても雅にぱしられたようで、二人分のクッキーを届けてくれた。ちょうど茶菓子を切らしていたところなので、それの充てにしようと薔薇戦争が考えていると、気配を感じた。そちらに視線を巡らせれば、見慣れた青。


「流沙!」

「よぉ」


扉のすぐそばにしゃがみ込み、フードを脱いで白髪を露わにした彼だった。招き入れた記憶もなく、薔薇戦争は少し困惑してしまう。


「い、いつの間に部屋に入って、」

「さっき和舞見送っただろ、そん時に入った」

「普通に入ってよ、びっくりしたじゃない」

「ふふ、驚いた薔薇も可愛いよ」


言いながら立ち上がり、薔薇戦争の方にゆったりとした足取りで近付く。薔薇戦争は逃げない。むしろ自分から流沙の方に歩み寄り、彼の目の前までやって来た。少し手を前に出せば、触れられる距離まで。


「薔薇」

「流沙」


お互いの呼びかけが被り、目を瞬かせる二人。そしてそのまま見つめ合い、可笑しさから笑い出す。ひとしきり笑い終えたところで、動きを見せたのは流沙だった。薔薇戦争の体を抱き寄せ、彼女の頭を掻き抱く。


「……薔薇、好き」

「……知ってるわ」

「………薔薇は?俺のことは?」

「言わなくても分かるでしょ?」

「やだ。言って」


ぎゅう、と抱き締められている腕に力がこもるのを感じ、薔薇戦争は苦笑する。まるで我が儘な子供だが、彼がこうして彼女の前で我が儘になることさえ、彼女にとっては愛おしい。感じる心音に耳を澄ませながら、薔薇戦争はさらに彼に擦り寄った。


「好きよ、大好き。愛してる」

「…うん、俺も」


そういえば今日はホワイトデーだ、と何と無く思い出す。けれど、甘いお菓子や可愛らしい物品なんて要らない。彼がそばにいてくれたらいい。受け取る側である自分がそんなことを考えるのは贅沢だけれど、と思いながら胸の内に秘める。


「……今日ホワイトデーじゃんか」


ふと腕の力が緩み、彼の声がする。見上げれば、どこかばつが悪そうに唇を尖らせて薔薇戦争を見下ろす青と出会った。紅の目を細め、薔薇戦争は首を傾げる。


「そうね」

「…何もないんだけどさ、」


言いかけた彼の言葉が詰まる。流沙のフードの襟を掴んで引き寄せ、めいっぱい爪先立ちをしながら薔薇戦争が彼の唇を塞いでいたから。時間が止まったような感覚ののち、唇が離れる。そしてその口元に笑みをたたえ、薔薇戦争は彼の胸に身を寄せた。


「いいのよ、何もなくて」


しばらくの沈黙が過ぎ、ありがとう、と彼の小さな声が聞こえた。
恋をしているかのような甘酸っぱい気持ちは、いつまでも消えることはない。彼となら、彼女となら、何処までも歩いて行ける気がする。この恋が永遠のものにならんことを祈り、否、永遠にしてみせると誓い、二人は今日もまた終わらない生の日を過ごす。








Title by 確かに恋だった




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