novel | ナノ
任務失敗から一週間。
未だに流沙が目を覚ますことはない。日に日に薔薇戦争の気持ちも落ち着かなくなっている。
こんな時には糖分を摂取しよう。そう思い立ち、部屋を飛び出して自販機に向かう。すると、見慣れた二人組が自販機前の椅子に座っていた。


「アララ、薔薇チャン!」


そのうちの一人で、ターバンをした異国風の男……サラバンドが薔薇戦争に気付き、手を振る。もう一人の茶髪の少年、天国の島は、グレープ味の炭酸ジュースを飲みながら首をこちらに向けた。


「よぉ、随分とやつれてんじゃん」


天国の言葉を、薔薇戦争はどこか他人事のように聞き流した。ここ数日、いろんなことが頭の中を渦巻いていたのだから仕方ない。
薔薇戦争は自販機で赤いラベルの紅茶を購入し、椅子が備え付けられていない側の壁にもたれてその赤金色の液体を一口煽った。


「流沙、まだ起きないんだっテ?」


サラバンドのわざとらしい片言のジパング語に、薔薇戦争は眉をひそめた。やはり、今のメンバーの口から飛び出すのは必ずと言っていいほど流沙の話題ばかりだ。


「なぁ、薔薇戦争」


背筋を伝う嫌な汗に震えていると、天国に声をかけられた。できるだけ何食わぬ顔を作り、彼の方を見る。天国の輝く金の目が、興味深そうに薔薇戦争を見ていた。


「あんたらさ、喧嘩ばっかだけど実際のとこどうなの?今回の件さ、いつもみたいにじゃれ合いで済まされねぇよな?」


不躾にも聞こえる天国の問いに、薔薇戦争は瞠目する。天国は続ける。


「あんたが悪いってのは多分あんた自身がよく分かってると思うよ?…謝るよな?」

「…………勿論よ」

「じゃあいっそのこと、その因縁も終わらせちまえばいいのに」


はっと薔薇戦争は狼狽えた。新参者(と言っても、組織に加入した時期が一番遅かったというだけ)である天国は、薔薇戦争の隻眼にまつわる事故を知らないはずだ。…しかし、普段のあの喧嘩の様子を見ていれば、過去に何かあったのは一目瞭然だったのだろう。そう自分で自分を納得させながらも、薔薇戦争はできるだけ平静を装った。


「因縁?そんなものないわよ。わたくしはこんなにも反省しているわ。それを許してくれなかったらあの人が悪くなるのよ」


……違う、違う。本当はそんなこと思ってない。しかし、この十八年間で塗り固められた薔薇戦争を取り繕う何かが、有る事無い事をどんどん口走っていく。


「そもそも被害者はわたくしよ?この目のことが全ての発端で……」


そこまで言って、言葉に詰まる。天国の問いとは関係がないところまで話してしまった。これではかえって意味がない。しかし、時既に遅し。


「…何があったかは知らないけどさ、」


天国は表情を変えないまま薔薇戦争を見ている。しかし、その目に宿るのは微かな……苛立ち。


「あんたそれ、ただのプライド高い嫌な奴だよ」


冷ややかな視線を投げかける天国の隣で、サラバンドが「ちょっと天クン言い過ぎィ…」とぼやいている。負けじと薔薇戦争は天国を睨み、口を開いた。


「………どういうことかしら」


心臓が高鳴る。胸元を掻き毟りながら、薔薇戦争はかろうじて苦々しげにそう問うた。そんな彼女に、天国の目に宿る苛立ちはさらに激しさを増す。


「あんた最初に言ったよな、流沙が許してくれないのが悪いって。それは今、あいつが被害者だからだろ?
……で?話によれば、あんたも被害者だって?なら、あんたもその過去の話を許さなきゃなんねぇんじゃねぇの?」

「っ、も、もう許してるわ!」

「けどそれを流沙に伝えてねぇから今の因縁に至ってるんだろ!」


切り返しをさらに切り返され、薔薇戦争は黙りこくる。声を荒らげた天国はひとつ咳払いをし、今度は落ち着いた視線を薔薇戦争に投げかけた。


「お前、自分の本心を流沙に言ったことあんのかよ」


思いの外、妙に落ち着いた声だったので、薔薇戦争は顔を上げて天国を見る。自分より新参者のくせに、年齢が上の所為か、どこか説得力のある声色。やはり薔薇戦争は何も言えない。


「あんたが何を思ってるのかは知らねぇけどさ、……相変わらず嫌いだとか、実はぶっちゃけ仲良くしたいとか、何かしら思ってるだろ!言ったことねぇのか!」


こんなにも責められるのはもう嫌だ。しかし、受け入れなければならないのだと本心が叫んでいる。自分を塗り固めていた何かが、剥がれていく。薔薇戦争は、ゆっくりと首を縦に一度振った。


「……やっぱプライドだけは立派なんだな」


そうだ、今までずっと、十八年間ずっと抱えていたのは、誠に不要な自尊心だ。ジパング有数の華族であるが故に、周りの人間を見下して。そうして素直になることを忘れ、たった一度の諍いさえも忘れまいとする……嗚呼、くだらない。一番愚かでくだらなかったのは、他でもない自分だったのだ。


「いつまでもくだらねぇプライドの所為で流沙と正面からぶつかれねぇんなら、もういっそそんなもん捨てちまえ!」


そうだ、捨てるべきだ。天国の言葉に、薔薇戦争は天井を仰いだ。そうでもしないと、目の奥から湧き出る液体が溢れてしまいそうだから。
突然顔を上げた薔薇戦争の表情にぎょっとした様子の天国。その顔は、しまった、言い過ぎた、と言わんばかりだった。隣のサラバンドは、わざとらしく肩を落として「ホレ見ろ天クン、言わんこっちゃナイ」とぼやいている。


「……ご、ごめんな薔薇戦争、俺、」



『皆さーん!!!』



天国が慌てて口を開いた途端、ビルの放送が鳴る。声の主は、さくらだった。


『流沙くんが目を覚ましましたよ!』


えっ、とサラバンドと流沙が間の抜けた声を上げたところで、薔薇戦争は一目散に駆け出した。


「ちょ、薔薇戦争!」


天国の声も耳に入らない。今は何も気にしていられない。急がなければ。早く、早く。

向かうところは、決まっている。














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