novel | ナノ
「珍しいねぇ、君が僕を連れ出してくれるなんて」

大手コーヒーショップチェーン店のテラスで、明方の空のような青みがかった灰色を揺らしながら夜闇は机に頬杖をついて天国に向けて微笑んでみせる。対する天国は苦笑いを零しながら、視線を泳がせた。

「や、まぁちょっと積もる話があったんで、ね、ほら」

夜闇には借金取り立ての如き勢いでいつも部屋のデザインについて詰問されるが、それ以外のことは馬が合う。それぞれの分野において苦労しているらしく、お互いの苦労話を語らう時は親近感を覚えていた。だから今日も互いを発散させようと天国の奢りで外に駆り出してみたのだ。しかし。

「…まさか薔薇戦争がついて来るとは思ってもなかった…」

「あら、わたくしはあなたの護衛も兼ねているのだけれど。わたくしがいては不都合かしら」

薔薇戦争。彼女がこの場にいることは不都合極まりない。何故なら、天国の苦労の原因そのものだからである。彼女の女王様気質にはほとほと疲れさせられるが、本人に言えるはずもない。
夜闇に奢る約束は違えられないが、ここで奢ることを示唆すれば薔薇戦争にも奢らなければならなくなる。しかし自分の副業の収入がなかなかに安定しているので、まぁ一人増えたくらいならいいか、と己の甘さに身を委ねることにした。立ち上がり、夜闇を顧みる。

「夜闇さん、何にします?」

「キャラマキとケーキ!ケーキは何でもいいよ!」

「了解っす、薔薇戦争は……って、ちょ、薔薇戦争?」

次いで薔薇戦争の方を見れば、彼女の視線の先にはカウンター席。そこには二人組の女子高生がいて、テーブルの上には淡い緑の飲み物と茶色い飲み物。どちらもホイップクリームが溢れんばかりに盛られている。

「………あれ、何?」

「え、あぁ…フラペ?」

「……ふらぺ?」

「おう。フラペチーノ。あれはたぶん抹茶フラペと、ダークモカチップ…いや、モカ風にカスタムしたバニラフラペかな」

「えっ、てんご君すごい、分かっちゃうんだ」

夜闇の感嘆の声に対して得意げに笑ってみせる。すると、肩と首に僅かに重みが加わる。見下ろせば、薔薇戦争が女子高生のフラペチーノから視線を外さないまま天国のパーカーを掴んでいた。

「あれが飲みたいわ」

「え?」

「あの茶色いの」

どうやらあのホイップクリームが盛られた飲み物は、見ただけで客足を寄せられるほどの外見をしているらしい。もっとも、天国には理解が及ばなかったが…やはり女というのは甘味に引き寄せられるようだ。この女王様もたまには女の子らしいところを見せてくれるんだな、そう思うと思わず笑みが零れてしまう。

「分かった、とことんカスタムしてやるよ」

「かすたむ?」と首を傾げる女王と、「ヌタバのカスタムはねー、」と説明し始める苦労人芸術家の脇を通り過ぎ、天国はカウンターへ向かう。
すると、カウンターのすぐそばの席に、雑誌を広げている少女がいた。その雑誌の表紙を飾る、ハットを被って流し目を決めているその男は、どこからどう見ても明らかに自分…天国。芸名ヘヴン。このむず痒さに慣れるのはやはり困難で、天国は無性にいたたまれなくなった。その時…雑誌を広げる少女と目が合った。
少女は薔薇戦争と同じように眼帯をしていた。が、彼女とは違い医療用のものなので、きっと眼病か何かなのかもしれない。唯一覗く目は赤いが、その輝きはまるで獲物を見つけた獣のようにさえ感じられる。黒を基調とした服装だが、一般的なものからかなり逸脱していた。ゴスロリ、というのだろうか、同じ雑誌でそういった系統のファッションを担当する女性モデルがいた気がする。天国と目が合っている彼女は、ちょうどそのモデルと似た格好をしていた。
彼女は舐めるように天国を見ていた。赤い視線が蛇の舌舐めずりのように思える。気まずさを覚えた彼は彼女から視線を逸らすが、横目にちらりと見ると、彼女は口角を吊り上げて雑誌に視線を落としていた。
ほっと息をつき、カウンターの前に立つ。バリスタが注文を受けてくれたので、天国は微笑んでメニュー表を開いた。

「キャラメルマキアートとカマンベールチーズケーキ。それから、バニラフラペチーノでモカシロップに変更、エクストラホイップでチョコソースとチョコチップ追加で」



×Renaissance



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