傍らで腕時計を眺めている風紋は、弟の問いに答えない。そして時計から顔を上げ、食堂の扉に手を掛けた。 「さぁ」 風紋が扉を開ける。流沙がそれを目で追う。そして。 「誕生日おめでとう、流沙!」 揃った声が、流沙を迎え入れた。 「………え?」 飾られた食堂内。揃いに揃った組織の面子。そして、先程の…在り来たりな、それでいて特別な言葉。 「誕生日だろう?流人」 隣の兄が言う。誕生日なんて年に一度きりで、毎日忙しく日々を過ごしていたら忘れてしまうほどで。そして、ようやく思い出した。 「俺……誕生日…」 そうだ、今日は自分がこの世に生を受けて十八度目の誕生日だ。バレンタインという行事と被っているが故に、組織に入ってからまともに祝ってもらったことがない誕生日。それが今、この組織の仲間によって祝ってもらっている。それも、今までにないくらい大々的に。 「ほら、流沙!女性陣が腕振るって作ってくれた料理が冷めるだろ!」 天国が流沙の腕を掴み、たくさんの料理が並んだテーブルの前まで連れて来る。 「料理は専門外だから、レシピとの戦いだったよ」 「キヨ先生のお料理最高ですぅ!…ほら流沙の君、キヨ先生と萌々香が作ったローストビーフ!残したら承知しないよ!」 「わたし達みんな、本当は和食の方が得意なのだけれど、流沙くんは洋食の方が好きでしょう?」 「……オムライスとピザ。味の保障はない」 「こら、じゅげむ!そんなこと言って、当事者を困らせないの!」 淨と萌々香がメインディッシュを示し、さくらがオムライスの上にケチャップで「Happy Birthday」と見事な文字を描く。じゅげむがピザを厨房の窯から出して来て、新奈がボウルいっぱいのサラダを持って来た。 「今日のパーティーのセッティングは僕だよ、流石でしょ?」 「自画自賛もイタイもんだぜ」 「ミヤビさん素直になりましょうよ」 「ハッハッハ、和舞クンも大変ネェ!」 「…サラバンド、絶対心配してないでしょう…」 頬をペンキらしきもので汚した夜闇を横目に舌打ちする雅、それを宥める和舞、にへらと笑うサラバンドの冷めた目で見るエス。そして。 「流沙」 愛しい愛しい、彼女の声が鼓膜を震わせた。首を巡らせ、彼女の姿を認めた途端、流沙は天国の腕を振り払って彼女の元へ駆け出す。そしてその勢いのまま彼女を…薔薇戦争を抱き締めた。 「薔薇ぁ…っ!」 「ちょっと、みんなが見てるじゃない」 ブーイングが混じった黄色い歓声の中、二人は抱き合う。薔薇戦争が背中をさすると、彼が耳元でしゃくり上げるのを聞いた。思わず薔薇戦争の手が止まる。 「……流沙……?」 歓声も止み、静まり返る食堂。嗚咽が響く中、流沙は口を開いた。 「ばら、ばら…俺のこと嫌いになってない?」 「……何それ、なる訳ないでしょ」 「でも、さっき殴られて、」 「だって、そうでもしないとあなたに捕まってパーティーの準備に行けなくなっちゃったかもしれないもの」 薔薇戦争の返答に、流沙は体を離す。そして潤んだ青い瞳で、薔薇戦争の赤い瞳を覗き込むように見つめた。 「…それだけ?」 「それだけよ?」 「……俺のこと、まだ好き?」 縋るような、年齢よりもずっと幼い印象を与える表情を浮かべる流沙。そんな彼を見て薔薇戦争は微笑み、彼の首に腕を回した。 「当たり前でしょ!」 抱き合う二人を取り囲み、笑みを零す仲間達。そんな彼らを代表するかのように、天国が二人の前に歩み出て、二人の肩を軽く叩く。 「せっかくの誕生日パーティーなんだ、主役がいなきゃ始まんねぇよ?」 目を瞬かせる流沙の目尻の涙を拭う薔薇戦争。その瞬間、流沙の表情がへにゃりと緩む。そしてそのまま流沙は彼女の手を取り、食堂の真ん中、主役の為に用意された席へ向かう。振り返れば、彼女は嬉しそうに流沙の目を見つめていた。 「生まれてきてくれてありがとう」 彼女からのその言葉が、最高の誕生日プレゼントな気がした。 [ back to top ] |