novel | ナノ
「好きよ、流沙」


目の前に赤い小箱を突き出され、流沙は目をぱちくりとさせる。そして…今日は乙女が愛しい人に想いを伝える日であることを思い出す。


「あ、そっか、今日バレンタイン……」

「やだ、忘れてたの?」


くすくすと笑う愛しい薔薇戦争。彼女は出会った頃より随分と大人びた。それに比べて自分は、能力が目覚めてから姿形が変わらない。仕方のないことだ、神に愛された化け物なのだから。
そんなことよりも、愛しい彼女からのプレゼントが嬉しくて、流沙は彼女がプレゼントを持つ手首を掴み、左目を隠す長い前髪に口付けた。


「ねぇ、薔薇………しよ?」

「……え……?」

「どんなお菓子よりもお前の方がいい。…ね、俺のワガママ聞いて?」


横髪を掬い取り、もう一度口付け。すると、薔薇戦争は頬を赤らめて顔を背け………流沙の頬をはたいていた。


「………………へ?」


痺れる頬に意識が集中する。すると、彼女が流沙の腕を逃れて走り去って行った。追いかけようとして、頬の痺れの酷さに思わず腫れたそこを冷えた手で押さえる。煮えた脳味噌も共に冷えていくような感覚を覚えた。


「……がっつきすぎたか、な…」


どうにも加減というものが分からない。薔薇戦争が好きで、好きで、好きすぎて、彼女を想うあまり突拍子もないことをしてしまっている気がする。自覚はあるのだが、薔薇戦争を前にするとどういう訳か彼女のこと以外考えられなくなる。


「……謝らなきゃ」


痺れが収まったところで、流沙は薔薇戦争を追いかけて走り出した。…嫌いにならないで欲しい、その一心で。



薔薇戦争を探して組織のビルをうろつくが、ものの見事に薔薇戦争はおろか誰とも出会わない。流石の流沙も焦り始めたところで…見慣れた黄色系のパーカーが目に入った。


「天国!」

「…げ、流沙…?」


天国。あまり歓迎されていないような声色だったが、そんなことはどうだっていい。今はそんなことを気にしている場合ではない。


「なぁ天国、薔薇、見なかった?」

「…え?…あぁー…」


天国は顎に手を当ててしばし思案するような素振りを見せたが、すぐに顔を上げて口角を引き攣らせた。


「ボスが知ってるんじゃないかな!うん、きっと知ってるって!じゃあ俺用事あるからじゃあな!」

「は?ちょ、待てよ天国…………意味分かんね」


まるで逃げるように走り去る天国の背中を見つめながら、流沙は溜息をつく。そうこうしている間に薔薇戦争の流沙に対する好感度は着々と下がりつつあるかもしれない。早く出会って謝らなければ。


「……兄貴……」


天国に言われた通り、取り敢えず兄を探すことにした。



「ほう、薔薇戦争?」


兄である風紋は、いつものように会議室風の広い部屋に一人でいた。いつもならさくらがそばに控えているが、今日は姿が見えない。


「薔薇がどこ行ったか知らない?」

「他人の行動パターンを把握しているほど私は暇じゃないからね。それに、彼女のことはお前の方がよく分かってるだろう?流人」

「…そりゃ、そうかもだけど、」

「………失言でもしたのかな?」

「……………う、」


罰が悪そうに頷く弟の頭を撫で、風紋は微笑む。そして壁掛時計を見上げ…さらに笑みを深めた。


「流人」

「…何?兄貴」

「時間だ」


え、と言葉を詰まらせたその瞬間。
室内だというのに一陣の風が吹く。その風は徐々に強くなり、思わず流沙は目を固く閉じた。そして風が収まったのを感じ、目を開けると、そこは。


「……食堂…?」


食堂の扉の前だった。



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