novel | ナノ
意識不明の重体だった流沙も意識を取り戻し、何とか医務室から出ることを許されたらしい。
あいつが意識を取り戻した日、俺は思いっきり薔薇戦争に怒ってしまった。本当は流沙のことが嫌いじゃない癖に、一丁前に固めたプライドを笠に着て流沙と向かい合わないあいつを見てると腹が立って……今となってはかなり申し訳ない気分だった。だってあの後、泣いてたんだぜ?!あの!薔薇戦争が!まぁ日頃の恨み辛みを晴らせた気がし…げふん、けどまさか泣かれるとは思ってなかったので、ちゃんと謝っといた方がいいかもしれない。

そう思って俺は薔薇戦争の部屋がある階にやって来た。ビルの内部は部屋数が多く、居住スペースもかなりある。けど実際ビルに出入り出来る人間が少ないので、使われてる部屋は多くない。この階には薔薇戦争と総務課のニーナしかいないと聞いた。


「…そういや他人の部屋に行くの初めてかも」


この組織には、夜闇さんっていう専属のデザイナーというか画家というか建築士というか、とにかく組織のビルの創作の面を全て担ってる人がいる。その人に部屋のデザインをしてもらえるんだけど、俺には特にこだわりがないからお任せにしたらすごく怒られた。けどないもんは仕方ないから、夜闇さんに会う度に「デザインまだ?」って訊かれる。だからないもんはないって、仕方ないって。
けど逆に、他のメンバーにはそれぞれこだわりがあって、それに応じた部屋を作ってもらってるってことなんだろうか。ちょっと見てみたい。けど、トップバッターが薔薇戦争の部屋なのはどうしたものか。

そんなことを考えながら、その角を曲がれば薔薇戦争の部屋だってとこまで来た瞬間。


「ごめんな、急に」

「いいのよ、暇だったし」


部屋の扉が開いたので、俺は思わず角を曲がらず隠れてしまった。…何故ここで隠れたんだよ俺!これじゃただの変質者じゃねーか!
…あれ、今、聞き慣れた声が二つしたぞ。恐る恐る角の陰から薔薇戦争の部屋の方を見ると。

…………薔薇戦争……と、流沙?
何で、あの二人が一緒にいるんだ……あぁ、仲直りしたのか?やっと。いや、それならいいんだけど…。


「…あぁ、もう行かなきゃ」

「おう、俺も部屋に戻るよ」


薔薇戦争が腕時計を見て言うと、流沙もそれに応じる。…なんか、ただならぬ雰囲気を感じるのは俺だけだろうか。


「……薔薇、」


………薔薇?え、そんな気安く呼ぶほど仲良くなったの?しかも何、今の声色は……そう思った瞬間。
…流沙が薔薇戦争の腰に腕を回して、引き寄せて…少し仰け反った薔薇戦争に覆い被さるように……キス、していた。
…………………は?………はぁ??!!


「……ん、」


すぐに離れた二人。薔薇戦争が少しくぐもった声を漏らす。
…ちょっと待てちょっと待て、何、え、キス?は?え、仲直りどころか何、お、おつきあ、お付き合いしてんの?え?ど、どういうこと?


「……誰か見てたらどうするの」

「大丈夫だよ、照れんなって。あーもう、薔薇かわいい。愛してる」


そんな砂糖吐きそうな台詞を言って流沙はまた薔薇戦争にキス。ごめんなさい俺見てます。…ちょっと前まで悪口ばっか言い合ってた癖に、かわいいとか愛してるとか、待って、何があった、何があったんだあんたら…。


「……じゃあ、もう行くわね」

「おう、行ってらっしゃい」


俺がいる方とは逆の方に歩き出す薔薇戦争。流沙は彼女が見えなくなってから…踵を返してこっちを見た。そしてばっちり目が合ってしまった。…やばい。


「天国じゃん!」


なんで当事者より俺の方が緊張してんだよ!めっちゃ満面の笑みで流沙はこっちにやって来た。


「……あのさぁ、」


もうここまで来たら仕方ない。俺は心の中で「こいつらに何があったか知りたい」と望んだ。これは、真実を知らなければならないと思った。すると、流沙は笑みを崩さないまま俺の方を見た。


「見てた?今の」

「……ごめん、見た」

「謝るなよ、見られて困るもんじゃねーし」


いや、薔薇戦争困ってたじゃん。大丈夫かあんた。


「なぁ、あんたら付き合ってたの」

「おう、俺が目ぇ覚ました日にな」


……あぁ、やっぱりあの日か。けど、そこまで溺愛するほどの仲になるか?この短期間で。だってまだ一ヶ月と少ししか経ってないだろ?
すると、俺の知りたい願望に反応するように、流沙はものの見事に真実を語り始めた。


「俺の初恋だよ、薔薇は」

「…………へ?」

「初めてあいつを見た日から、俺はあいつが好きだった。けど、あの事故の所為で喧嘩して、自分の気持ちを忘れて生きてたんだ。…でも、この間の襲撃で怪我して、薔薇が心配してくれて…あいつの気持ちを聞いて、俺もあいつが好きだって思い出した」


面白いほど本当のことを話してくれる流沙。…いや待て、あんたが一目惚れしてたことはまぁ分かるとしよう。けど薔薇戦争があんたを好きだって言うのはどこから来た?


「あいつのことはよく分からないけど、好きだって言ってくれた。好きだから、俺が拉致されそうになった時に殺せなかったって」


…薔薇戦争のことは薔薇戦争に聞く方がいいかもしれない。けど、あいつは俺達の三位一体のトップだから、俺の能力通じないんだよな…まぁ、こいつから話を聞けただけで良しとしよう。


「……にしても、随分と仲良いよな、微笑ましいってレベルじゃねぇよ」


最後に何の気なしに皮肉ってやる。それでも、流沙は笑みを絶やさなかった。


「愛しい薔薇がやっと俺のものになったんだ。これからずっと、いろんな薔薇を見たいし、いろんな俺を薔薇に見せたい。だって薔薇はもう俺だけのものだから。……それだけだよ」


…笑顔のままそう言う流沙を見て…鳥肌が立った。…何、こいつ…。
俺が無意識のうちに自分を抱き締めてるうちに、流沙は「あ、俺もそろそろ帰るよ、じゃあな」と何処かへ行ってしまった。流沙の後ろ姿を見つめながら、何と無く思うことがある。

なんであんなデレデレできるんだろう、なんであんなイチャイチャできるんだろう。何と無く分かった気がする。
流沙の初恋は薔薇戦争だと言った。たぶん、薔薇戦争の初恋も流沙なんだろう。けど、流沙から薔薇戦争へのベクトルの大きさが異常だと思う。それは、あいつが薔薇戦争との喧嘩の期間、自分の恋心を押し殺し続けてた反動じゃないんだろうか。


「……にしてもまぁ、ちょっととち狂ってる気がするけどなぁ」


度が過ぎた愛、というやつなんだろう。まぁ仲直りしたのはいいことだし、くっついたならそれはそれでいいことだし、まぁあの二人だし、仲違いをすることはない気がする。というか、俺がさせないし。


「……バカップル誕生、かね」


バカップルで済んだらいいんだけど、たぶん済まない。何と無くそんな確信があった。








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