手帳を閉じれば、彼女とよく似た主の声が耳に届いた。顔を上げれば、そこにいたのは彼女と見紛うほどよく似た少女で。キューズは止まらない涙をそのままに、主の少女を抱き締めた。 「ローザ……ローザ……っ!」 彼女は彼女ではない。分かっていた。それでも、今は、今だけはどうかお許しを。言葉にせずとも伝わったようで、彼女はキューズの背に腕を回し、頷いた。 ……どれほどそうしていただろうか。ようやく落ち着きを取り戻したキューズは彼女から体を離し、跪いて首を垂れる。 「……申し訳ありません…お嬢様……」 「構わないわ。いっそ血を飲んでくれても一向に構わなかったのに」 「………ご冗談を」 主、薔子の血の香りは確かに極上だ。しかし、やはり違う。彼女の血でなければ駄目なのだ。そしてそれはもう叶わないからこそ、彼は今ここにいる。 キューズは立ち上がり、もう一度手帳に視線を落とす。そして胸に抱き締め、薔子の紅を見た。 「……この手帳、いただいてもよろしいですか」 「勿論よ。大事にしなさい」 「…墓まで持って行きます。…いつ死ぬか分かりませんけど」 キューズは化け物で、薔子は人間。生きる時間の長さは異なるが、もしかしたらこの主たる少女が死ぬ時、自分も死ねるのかもしれない、とも思う。しかしそれは、その瞬間にならないと分からないこと。 「キューズ」 幼さを残した凛とした声が心地良く響く。キューズは憑き物が落ちたような、どこか清々しささえ感じさせる微笑みを浮かべ、再び主の前に跪く。 「僕はあなたの所有物です、お嬢様」 「知ってるわ。……わたくしに従い続けてくれるわよね?」 どこまでも付いて行こう。この目の前の少女が自分を不要とするその日こそ、自分が眠る日かもしれない。もしそうなったとしたら、そう、永遠の眠りにつくその日まで、傍にいよう。 応える代わりに、彼は主の手を取り、指先に口付けを落とした。 [ back to top ] |