novel | ナノ
私と彼が出会って一年。彼がいなくなって五ヶ月が過ぎた。
…何かあったのかしら。心配だわ。

一週間で帰ってくるって言ったのに、彼はまだ帰ってこない。けど、捨てられたとは思わなかった。彼は必ず帰ってくるってどこか確信してた。だから私、ずっと待ってる。

メイドが減った気がする。ご飯も少なくなったんじゃないかしら。

ご飯がパンだけだった。今朝、伯爵公が怒鳴り込んできた。お金の話だったみたい。

借金を抱えてるらしい。ウォーブローももうおしまいね。

私だけジパングに逃がしてもらえることになった。お父様とお母様は来ないのかしら。
…ジパングに行ったら彼に会えるかしら。

いよいよジパングに発つ。お父様とお母様は家に残るらしい。きっともう会えない気がする。さよならのキスをした。

ジパングに着いた。荊華院っていう家が匿ってくれるらしい。すごい偶然、彼の一族が仕えるって言ってた家だわ。

荊華院当主は女性だった。女性が治める家ってあるのね。驚いたわ。

当主の葉ツ芽(はつめ)さま。
お嬢様の花蓮(かれん)さま。
お嬢様のご子息の柊(しゅう)さま。
眉目秀麗というのかしら、みんなお美しいの。

メイドとして荊華院で働くことに。
生きる為に働くって、これが人間のあるべき姿よね。

花蓮お嬢様は私の6つ上、25歳の淑やかな方。歳が近いからすぐ仲良くなれたわ。

柊坊ちゃんが5歳のお誕生日。おめでとうございます。
…もし彼が人間になれたら、私にも子供がいたのかしら。…彼との間に、だったら、とても素敵なことなのにね。

思いきってお嬢様に彼のことを聞いてみた。そしたら地下に連れて行ってくれた。彼がいた。綺麗な水晶に閉じ籠って眠っていた。けど、彼が無事で、生きてることが分かっただけでも良かった。私、これで死ぬまでずっと彼を愛せる。



雫が彼の頬を伝う。薔子は微笑み、薄い桃色のハンカチを取り出してそれを拭った。
そのまま彼はさらにページを捲り、彼女の軌跡を捉えていく。そして、今目の前にいる薔子の記述に辿り着いた。



元気な女の子が生まれました。病弱な桐乃さまだから、一時は母子共に命の危険に遭ったけれど、何とか無事ご出産です。

薔薇の花のように気高く美しく、そう願って薔子さまと名付けられました。…私の名前のローザというのは、向こうの国の言葉で薔薇という意味なんですが…何だか恥ずかしいので、秘密にしておきます。

薔子さまは本当にすくすくと成長なさってます。そしてやはり流石は荊華院、お顔立ちも美しいこと。

柊さまが首相選挙に見事当選なさいました。あの方ならこの国を導いてくださることと思います。

薔子さまは若い頃の私にそっくりです。本当に。もし彼が今目覚めたら、薔子さまを私と間違うかもしれませんね。

最近胸が痛いです。私ももう歳ですね。

薔子さまが西洋に興味を持たれるようになりました。私の昔の話を聞きたがります。私も懐かしい気持ちで昔の事を話します。

自分がもうすぐ死ぬなと何と無く分かるようになりました。葉ツ芽さま、花蓮さまを見送ってきましたが、今度は私が見送られる番かもしれません。

私も随分長く生きました。

薔子さまが15歳になりました。本当にお美しく成長なさいました。そして、本当に私によく似ています。自分で言うのも恥ずかしいのですが、私って美しかったんですね。

そういえば、こっちの国に来てから怖いものを見なくなりました。が、最近また見えるようになりました。けど、今回は化け物じゃありません。死神ですね、きっと。

彼に会いたい。

会いたい。

桐乃さまに頼み込んで、もう一度、50年と少しぶりに地下室に行きました。彼はあの頃と変わらぬ姿で眠っていました。

最期に彼の姿を目に焼き付けることができて良かった。

叶うなら、もう一度私の血を飲んで欲しかった。

ずっと愛してる。

キューズ。私だけの愛しい吸血鬼。

愛してるわ。



そこで手帳の記述は終わっていた。





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