novel | ナノ
立ち塞がる斎。向けられたのは小さな背中。薔薇戦争は眉を顰め、その背に問う。

「どういうつもり、斎」

斎は振り返らない。しかし、答えはすぐにあった。

「俺からもこいつに訊きたいことがある」

薔薇戦争は何も言わない。その無音を肯定と認めるか否か、しかし斎は薔薇戦争の応えを待つことなく口を開いた。

「世間からヘヴンが消えた。組織から天国の島が消えた。消したのは、おまえか?」

そこで斎の目は捉えた。天子の目尻がぴくりと動いたことに。ほんの一瞬、捉えられたのが不思議なほどの、僅かな時間だったけれど。

「なんでだ」

気付けば、口をついて出た疑問。斎がずっと知りたかったこと。皆が彼を忘れてしまった理由。

「神とは」

しかし、耳に届いた声は慣れた低音ではなく、高くもなく低くもない、ただその空間においてはよく通る声。白の声だった。目が眩むほど白いそれは、その顔に笑みを貼り付けて答える。

「神とは唯一であり孤高であらねばなりません。故に、大衆に認知されるこのお方の素性を全て抹消したまでですわ」

「おまえには聞いてない」

「待って、斎」

噛みついた斎を制したのは、薔薇戦争だった。斎の肩を掴み、斎の向こう、白を見つめる。

「斎の質問に付随して、わたくしも訊きたいことがあるの」

なんでしょう、と言わんばかりに、白の笑みが深まる。斎が肩越しに薔薇戦争を見ているのを気に留めず、彼女は斎の肩を引いて自分の後ろに下がらせた。

「わたくしやひかりが初めてシズクと会った時、彼の力の所以に全く何も疑問を抱かなかったのも」

「天子さまの所業でございますわ」

薔薇戦争は反応を見せない。白は恍惚とした表情で、天子の腕に擦り寄る。

「天子さまが望めば全てが意のまま。嗚呼、こんなにも神に相応しい方がいらっしゃるでしょうか、いいえいらっしゃるはずがありません。故に、天子さまの神への道を邪魔するのなら、あなた方を捨て置きます」

そして白は天子の腕から離れ、薔薇戦争を睨む。そこに、先程までの笑みはない。まるで茶番だったとでも言うように、態とらしく溜息をつく。

「もうよろしいですか?質問がないようでしたら、あなた方をここで消そうと」

「じゃああなたは誰?」

白の言葉を遮った、凛とした声。薔薇戦争の赤い視線は、白ではなく天子へと。天子の表情が、また少し歪んだ。

「あなたに意志があるのは分かったわ。そして天国が消えた理由も。じゃああなたは?天売匠はどこ?」

天子の変化は、先程よりも明確だった。瞠目し、顔を手で覆う。

「……天子さま、聞いてはなりません」

そこで焦りを見せたのは、白。天子の体が、微かに震えている。天子はそのまま、白に言われるがままに両手で耳を覆う。

「ねぇ天」

「…うるさい」

天子が声を発する。薔薇戦争は一旦は口を噤むも、黙りはしない。

「ヘヴンも天国の島も消えた」

「うるさい」

「みんなが彼を忘れた」

「うるさい」

「なのになぜ天売匠は消えなかったの?」

「黙れって!」

薔薇戦争の口が不自然に封ぜられ、共に呼吸も止まった。まるで見えない手に口を塞がれたように。「黙れ」という天子の望みが行使されたのだ。しかし薔薇戦争は刀で空を一閃し、はぁ、と大きく息を吐いた。

「忘れられたくなかったんでしょう?」

天子の望みを断ち切り、薔薇戦争はさらに問う。

「忘れられたくなかった。だから、世間からヘヴンを、組織から天国の島を消しても、天売匠は消せなかったんでしょう?」

はっと、天子の金色が見開かれる。

「戻って来なさい、天売匠!」

ふらり、と。一瞬、天子の体が揺れた。

「天子さま!」

「たっくん!」

白が天子の体を支える。斎が駆け出す。そして天子は数歩退いたのち、顔を上げ、斎を睨んだ。

「俺に寄るな!」

その言葉に、望みが宿る。斎の体が縛られる。「斎!」薔薇戦争が声を上げるが、天子の金色が薔薇戦争に向けられた途端、彼女の体も動きを止める。声無き望みだろう、薔薇戦争は舌打ちをし、天子を見つめるばかり。

「なんで俺なんだよ」

天子の声は、震えていた。

「俺の使い方が悪かったのかよ」

天子の体は、震えていた。

「もう何が何だか分からないんだよ」

薔薇戦争を見る天子の目は、揺れ、潤んでいた。

「みんなを幸せにできないなら、こんな力、最初から欲しくなかったよ!」



「なら返して」

声がした。耳触りの良い、ピアノの音のような声。この声の正体を知る者は、この場に二人。声がした方へ、二人のうちの一人の視線が動く。

「……なんで、あなたが、ここに」

信じられないものを見たかのような声。天子の視線の先、そこにはスーツ姿の女。

「…鐘撞、さん」

ざんばらな黒い前髪の向こう、女の赤い目が光る。







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