novel | ナノ
「東北に和舞とサラ、関東に希望とリヴリー、中部に薔薇戦争のコピー、関西にシャコンヌと流沙、中国に遥叉とさくらさん、四国に青葉さんとじゅげむ、そして九州にボス」

数々のモニターとスピーカーに囲まれ、ひかりはほうと息を吐く。

「この建物は薔薇戦争んとこの鬼が守ってくれてんだっけね。…オレたち神見愛者以外の手も借りるなんて、まさに総力戦だ」

各地に派遣された人員の様子をモニタリングする彼のそばで、白衣をだらしなく羽織った青年、図書資料室長のミヤビがけたけたと笑う。

「で、ひかりクンはボスの代理として居残りってワケ」

「オレの力はどう応用しても戦いには使えないんすよミヤビさん」

ひかりの能力"マズルカ"は、過去を視る力。しかしその力が及ぶのは場であり、人には通用しない。実戦には明らかに向いていない。故に、普段は仕事を見守るボスと役割を交代し、ひかりは皆を見守る。そして、ミヤビと連携し、有益な情報をリアルタイムで発信する。

「ハトリのそばにいたいのは山々だけど。オレもオレにできることはやりたいんでね」

所謂サポートに徹することを選んだひかりは、正面の大きなモニターに視線をやる。そして、そのモニターに対応しているマイクを取り、スイッチを入れた。

「そっちはどう、斎、薔薇戦争」



「拍子抜けだわ」

どういうこと、とイヤホンから声がする。暗がりの中、薔薇戦争は歩みを緩めることなく、組織の制服の襟元に口を寄せる。

「てっきり天を守るような連中が来ると思ったのだけれど。誰もいないわ。どうやら天に歓迎されてるみたいよ」

天。天子でもなく、天国の島…そもそも彼女の記憶から天国の島という存在は抹消されているが…でもなく、天。そう呼ぶ彼女の真意は分からない。斎は薔薇戦争の言葉を勘繰ることなく、ただ彼女の横顔を横目に見ているだけだった。

「……それにしても、ひかり」

…なんだよ、と、イヤホン越しに噛みつかれる。なんでもないわ、とひとつ笑って、薔薇戦争は襟元から口を離した。

「…人は変わるものね」

その口元の笑みがどこか安堵に満ちているのを、斎は見逃さなかった。そして、

「ようこそ、神に愛された皆さん」

突然の眩い光と共に、甲高い声が聞こえた。目が眩む。目がゆっくりと光に適応していく。視界を取り戻した時、二人の目の前には茶色い髪の青年と、どこまでも真っ白な子供。

「……たっくん」

青年の、天子の黄金の目に光はない。斎がぽつりと呟いた彼の真名にすら、何も呼応しない。白は青年の腰に腕を回し、にやにやと嫌な笑みを浮かべている。

「神に愛された……と言いましても、神とはここにおわしまする天子さまただひとり。あなた方が神と呼ぶものは一体何なのでしょう?偽り?偶像?嗚呼、愚かしや!本物の神を知らぬ哀れな子羊ですこと!」

天子は何も言わない。ただ黙したまま、光のない虚ろな目で薔薇戦争を見つめていた。白は続ける。

「哀れ。哀れよ。と、天子さまも仰っております。そしてあなた方に手を差し伸べる心算もありませんと!流石ですわ天子さま。救わざる者どもへの無慈悲もまた神として相応しき様相」

白の愉快そうな笑い声だけが響く。

「ひとつ、いいかしら」

その笑い声を断ち切ったのは、凛とした声。

「あなたは誰?」

薔薇は、艶のない黄金を捉え絡め、まっすぐに穿つ。

「…このお方は」

「あなたじゃない」

口を開きかけた白を制する薔薇戦争の声。その語気がやや荒くなったのに気付けた者は、果たしてこの中にいるのだろうか。気付けたとしても、分からなくなるだろう。

「自分が何者であるのか、ちゃんと自分の口から話してちょうだい」

続く彼女の声は、先程と同じ落ち着きを孕んでいたのだから。

「あなた、何も喋らないもの。そら、だったかしら、その子があなたの代弁をしているようだけど、果たして本当にそうなのかしら。そうだというなら証明してちょうだい。あなたにはあなたの意志があるってことを」

そして薔薇戦争の視線が、一瞬だけ白を捉える。

「あなたに意志がなければ、黒幕はそこの子、ということになるわね」

すらりと刀を抜いて、白に切っ先を据える。白の目に動揺が走る。白は天子に縋るように、彼の衣服の裾を握った。沈黙。呼吸の音だけが聞こえる。

「…俺は」

そして、沈黙を裂いたのは、彼。

「俺は天子。神だ。神になるんだ」

薔薇戦争の目が僅かに見開かれる。その目が捉える黄金に、僅かな光が見えた。

「そう」

息を吐くように相槌を打って、薔薇戦争は一旦刀を下ろす。そして構えを変え、今度は天子に切っ先を突きつけた。

「なら遠慮なくやれるわ」

流れるような一連の動作のうちに、天子の目は再び澱む。「天子さま」と、白の声。天子は一歩薔薇戦争の方に足を進めて、ゆっくり、確実に近づいてきて、
はたとその足取りが止まった。
天子と薔薇戦争の間、斎が割り入り、薔薇戦争に向けて腕を広げていた。まるで、天子を守ろうとするかのように。







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