個別でやり取りできるSNSで彼女からそうした連絡をもらい、ひかりは了解の意を込めて敬礼のポーズをしたウサギのキャラクターのスタンプを送る。すぐに既読マークがついたのを確認し、画面を閉じた。 「ひかり」 その時、背後からいきなり声をかけられてひかりは反射的に振り返る。そこにいたのは、不機嫌そうに唇をへの字に曲げた少女、斎だった。 「どうした?」 「これ見て」 そして彼の目の前に突きつけられたのは一枚の写真。斎の手からそれを受け取ると、写真に写っているのは茶髪の男だった。 「これ、誰か知ってる?」 写真の男。茶色い髪に、黄金の目。まるでひかりとは真逆の色を宿していた。そんな彼の顔は男のひかりから見ても整っていて、照れくさそうな微笑みを浮かべてピースしている。だが、 「…いや、知らない」 残念なことに、ひかりには全く心当たりがなかった。一瞬、一瞬だけ斎の目が長い睫毛に覆い隠される。しかし、すぐにその黄土色の目がひかりを見据える。 「ヘヴン、っていうんだ」 こいつ、と、ひかりの手の中の写真を指差す。ヘヴン。名前だろうか。それでもやはり、ひかりの中では全く何者にも合致しない。 「天国の島、ともいう」 次いで挙げられたものが名だと気付くには少々の時間を要した。えらく神見愛者じみた名だ、もしや新たな仲間だろうか、とにかく知らない。ひかりは再三に渡って首を捻るばかり。斎の表情が歪む。唇を噛んだ彼女。やや間が開く。息苦しい静寂。 「……本名は、天売匠」 そして告げられた名に、あっ、とひかりは声を上げた。 「お前のおさななじ」 みじゃん、と続きそうになって、 「…………あれ?」 ひかりは、自分の中の違和感に気付く。 「……こいつ……」 「思い出した?!」 斎の嬉しそうな顔に、ひかりは小さく頷く。そうだ、こいつは、今目の前にいる少女の幼馴染で、 「……オレらの、仲間、だよな…?」 「そう、俺たちの仲間。天国の島だよ」 この写真の男と一緒にいた記憶は確かにある。ただ、天国の島…その名前だけは、どうしてもひかりの中に落ちてこない。 「他の奴らでも同じことをした。そしたら、あんたと同じ反応をした。これで、分かったよ」 「分かったって、何が?」 「たっくんは、」 しかし、彼女の言葉が続くことはなかった。 『施設内にいるメンバーは全員、会議室にお越しください』 急なアナウンスと共に、突風。屋内であるのに、空調以外は無風の空間であるのに、突然の一陣の風に二人は目を眩ませる。耳元を風の音が掠める。その音が徐々に小さくなって、髪が振り乱される感覚も収まって、目を開けたそこは、会議室。 「全員揃ったね」 最奥の席、机に膝をついて指を組むボス。ひかりはざっと辺りを見渡し、メンツを確認する。 「青葉と薔薇戦争、シャコンヌと和舞がヘヴンズゲートに潜入した」 そして、そこに足りないメンバーの名がボスの口から飛び出てひかりは顔を上げた。そして、ボスの背後の壁に下ろされたスクリーンに映る映像を見る。頼りない豆電球の明かりが点在する暗がりの中で、段ボール箱が積まれていたり、ラックが並べられていたり。まるでどこかの倉庫のようだ。 「ヘヴンズゲートって、ハトリの友達の……」 「てか、そんな大勢をいっぺんに」 「そもそも得体の知れない相手に薔薇戦争とか和舞とか、顔が割れてる奴らを送るのは危ないんじゃ」 ひかりの声を皮切りに、皆口々に思いを口にする。ざわつく部屋を、ひとつの笑いが制した。 「顔は割れないし表向きは一人なのだよ。彼らの力を忘れたかい?諸君」 その時、映像が動く。そして、そこに映し出されたのは、見たこともない女の顔。歳の頃は20代半ば、といったところだろうか。 「誰かも知らない死人の顔を借りるのは気が引けたけど、今回は仕方ない。と、青葉が言っていましたよ」 くすくすと希望が笑って言う。青葉の能力は、死者に擬態すること。そして、 「…青葉の影に、シャコンヌと薔薇戦争と和舞が潜んでるってわけか」 シャコンヌの能力は、影の中に異空間を生み出し自由に行き来すること。 「そういうことだよ、諸君」 映像は多少上下に揺れるものの、基本的には一定の高さを保っている。青葉が隠しカメラを付けているようであることは一目瞭然。映像は重そうな鉄の扉の前に辿り着く。映像が動き、ドアノブとそれを掴む手が映り込む。カメラを仕込んだ眼鏡だろうか。そんなことを考えているうちに、扉が開く。映像を映す部屋の空気が凍りつく。 「ようこそ、同志よ」 いきなり明るくなって、映像が霞む。しかしすぐにピントが合って、出迎えの声と姿を見る。 「宍野みのりさん」 天然の輝きを放つ艶やかな黒髪の少女だった。ごく自然な茶色い目を細め、少女は青葉に声を投げる。まるで問いかけるような響きに、映像が大きくゆっくり動いた。頷いたのだろう、つまり宍野みのりなんていう名は青葉の偽名だ。 「蛇白(ミシロ)と申します」 少女は胸に手を当て優雅に一礼する。その右手の甲には、白い蛇が描かれていた。そのまま蛇の手を青葉に手を差し出す。 「天子さまがお待ちです」 [ back to top ] |