「何してんの」 一つ年上の先輩であり、神さまを巡ってかつて一悶着のあった青年、雨宮シズクがハトリの腕を掴んでいた。 「わ、わわ、ご、ごめんなさい」 「いいよ、別に。てか、驚かせてごめん」 シズクの手に紙コップがあることに気付いて、あっ、とハトリは声を上げる。さっきの冷感はシズクの仕業だったのか。シズクはハトリから手を離して、彼女に紙コップを差し出す。 「あ、ありがとうございます」 「いいよ。そこの自販機で買ったやつだし」 紙コップの中を覗けば、透けた液体が氷を映していた。一口つけて、甘酸っぱさが広がる。白ぶどうジュースだった。 「鶴科ハトリ」 頬を緩めるハトリを横目に、シズクは口を開く。ハトリの赤い目が、シズクの紫をまっすぐに射抜く。 「最近、なんか元気ないね」 「………え」 「いっつも一緒にいる友達がいないから?」 いつも一緒にいる友達。得体の知れないサークルに入って、おかしくなった友達。彼女のいつもの笑顔が脳裏をよぎり、目の奥が熱くなる。それは瞬く間にそこまで来て、つぅ、とハトリの頬を伝った。シズクは僅かながらも瞠目し、顔を伏せる。 「…ごめん」 「い、いえ、大丈夫、です」 涙を拭って、シズクを見る。彼の目は、長い前髪に隠れて見えない。 「……ほんと、大丈夫ですから。ね、シズク先輩」 それでも、シズクは顔を上げない。 「…そ、そういえば、エオルアくんが、シズク先輩を助けてって、言ってたけど、理由は教えてくれなかったけど、でも、こうやってちゃんとシズク先輩は学校に来てるし、」 なんとか言葉を紡ぐ。シズクがゆらりと顔を上げる。それでもやはり、目は見えない。…シズク先輩?と、彼の方に近寄ろうとして、 「…ほんとごめん。ハトリ」 彼女の体が、傾いだ。前髪の隙間から見えた、彼女の顔。信じられないものを見たような、絶望を孕んだ顔。まるで縋るように投げ出された手を引いて、シズクは彼女の体を担ぎ上げた。首の広い白シャツの襟が引っ張られ、彼の胸元に浮かぶ紫色の梟が露わになる。 「ぐっじょ〜〜ぶ紫梟(シズク)チャァン」 そして、シズクに声をかける男が一人。派手な金髪に赤いメッシュがピアスだらけの耳にかかり、赤い目がシズクを見ていた。長い襟足がかかる首筋には、赤い鯉が描かれていた。 「人払いご苦労さま、赤鯉(アカリ)」 「授業中だから払うまでもなかったねェ、この子が空きコマに勉強するテのマジメな子で良かったァ」 アカリと呼ばれた男はシズクに歩み寄り、ハトリの顔を覗き込んでニヤリと笑う。そして彼女の顔に手を伸ばそうとしたが、シズクに払われた。それでも男の笑みは消えない。 「帰るヨォ紫梟チャァン」 男の足元には、先程まで彼女が飲んでいたジュースの紙コップ。しかし彼は機にすることなく、散乱する氷を踏み締めて歩み出す。 「天子さまがお待ちだァ」 [ back to top ] |