その赤い切れ長の目に憎悪にも似た色を宿して、鐘撞は胸の奥の蟠りを吐き出すように呻いた。 …気付いてる。気付いているのだ。理想郷のピースが欠けたことを。残されたピースたちも気付いている。けれど、世間は。 「……ヒーリー……」 彼女の震える唇から漏れるのは、ピースとしての名ではなく彼女が求める奥底のモノの名。 「せっかく、見つけたのに…」 彼女が手にしたいモノたちは、各地に散らばり、あるモノは喪われ、あるモノは監視下に置かれ、あるモノは野放し。理想郷のピースは、その中に彼女が求めるモノを宿していた。だから、彼女はそばにいた。近くで見ていた。こうしていきなり行方を眩ますのなら。 「…さっさと回収しておくべきだった…」 それでも彼女が、鐘撞帝華が、…ベルキスがそれと出会ってすぐにそうしなかったのは。 「……ワタシは……」 胸の奥がじくりと痛んだような気がして、ベルキスは顔を歪める。胸元で掻くように拳を握ると、足元がぐらついて少しだけ前のめりになった。その時、前方から気配。 「鐘撞さん!」 顔を上げれば、理想郷の残りのピースたちがいた。 「大丈夫よ、少し眩暈がしただけ」 彼らの手を借りて身を起こせば、黒い目と枯草色の目がこちらを見ていた。 「ヘヴン……匠のこと、そんな思い詰めないでください」 二人の顔がどこか悲しそうで。彼らの前では鐘撞になったベルキスは、心配しないで、と二人の肩を叩いた。 「平気よ。彼がいなくても頑張るあなたたちを見てたら、元気もらえるもの」 彼がいなくなったのはほんの数日前。連絡もつかず、仕方なく二人で仕事に出れば、最初から二人組のユートピアという扱いを受けた。世間から彼が消えた。それでもユートピアは消えていない。ならば、彼がいなくてもユートピアであり続けなければならない。 「とにかく今は、やれることをやりましょう」 はにかむような笑みを見せてやれば、二人も安心したように微笑む。次の仕事は、と鐘撞はスケジュール帳を取り出そうとしたところで、三人の元に駆け寄る足音。 「……鐘撞さん」 そして現れた少女は、ほっとしたように胸を撫で下ろしていた。 「やっぱりあんたらは、匠のことを覚えてくれてるんだな」 彼の幼馴染だ、と鐘撞は即座に理解する。そして自分が求めるモノを持つ者だ、とベルキスは即座に直感する。ユートピアの二人も彼女の存在は知っているようで、しかし突然の少女の登場に、困惑した二人の視線が鐘撞に向けられる。 「……なぁ、どうにかしようぜ。世界にヘヴンを取り戻そうよ、なぁ」 鐘撞は目を細め、少女の脇を通り過ぎる。少女が瞠目する。 「なんで」 二人も鐘撞の後につく。少女の声が廊下に響く。 「あんたはあいつが大事じゃないのかよ」 「大事よ」 足を止めて、しかし振り向くことなく即答する。そう、大事なのだ、ベルキスにとって。彼は、天売匠は、…天国の島は、ベルキスが求める楽譜のひとつなのだから。 「我が子のように愛してる」 しかし、口をついて出た言葉に彼女は惑った。建前のつもりの言葉なのに、その言葉には芯があった。言葉を放った本人がただただ惑う。意識の惑いをよそに、唇は勝手に動く。 「ワタシが育てた理想郷の一人ですもの」 真っ白の中に白が浮かぶ。真っ白は、どこまでが空でどこまでが地か分からない。ただその真っ白の中で、白がただそこにあった。 「天国はすぐそこ」 白は微笑う。笑う。嗤う。 「天国の門は、既に開かれているのだから」 [ back to top ] |