novel | ナノ
ねぇ知ってる?うちの大学を中心に活動し始めた新しいサークル。

え?それって、「ボーダーライン」?

違う違う、それはテニサーの皮を被った飲みサーだし、古参のサークルでしょう。私が言ってるサークルはね、テニスに限らずスポーツ全般をやるサークルなんだよ、名前は…えーと、なんだっけ。

…スポーツ全般とか、そっちの方が飲みサーっぽいんだけど…。

まぁ名前は思い出したら言うけど。でね、そのサークルの代表の人がさ、めちゃくちゃイケメンなの!

……………。

ちょ、黙り込まれるとなんかあれなんだけど。

……もしかして、入りたいとか?

当ったりー!ね、一緒にさ、入らない?

え、や、やだよ。

お願いー!見学だけでもいいから!ね、行ってみない?

やだってば。わたし、放課後はお仕事があるから忙しいの。だから隔週で活動してる茶道部に入ってるんだよ?

うーん…まぁ、そうだよね。あんた、放課後大変そうだもんね。分かった、ごめんね、とりあえず私は行ってくるね!

うん。行ってらっしゃーい。



「……それから友人はそのサークルに入ったんですけど…授業に出なくなったんです」

風紋さんに相談がある。そう鶴科ハトリに言われ、取り次いだひかりは、彼女をボスたる風紋の部屋に招いた。そして、彼女の口から語られるのは、彼女の友人の失踪話。

「家にもずっと帰ってないみたいで、どこに行ってるのか分からなくて…それで…」

ハトリの言葉はまとまらない。話しながらも、彼女の視線は惑う。ひかりが彼女の傍らに膝をついて彼女の手に手を重ねれば、ぎゅ、と縋りつくように握り締められた。

「…でも、この間たまたま彼女を見かけたんです。声をかけたら、意外と普通にはしてて。今までどうしてたのか聞きたかったし、わたしもたまたまその日は暇だったので、彼女をお茶に連れ出したんです」

ハトリの言葉は脈々と続く。

「今までどうしてたのかって聞いたら、サークルが思いのほか忙しいって言われて。そんな、学業が疎かになるくらいなら辞めちゃいなよ、って言ったんですけど、彼女は辞めないって聞かなくて」

そして彼女は、カバンを探って紙切れを取り出し、風紋の前に提示した。風紋がそれを自分の元に引き寄せて見れば、チラシのようなものだと分かった。

「それから、これをわたしに渡してきたんです。ハトリもおいで、って言って。それから、」

"天国は等しく開かれているのです"

「……って」

ハトリの声と風紋の声が被った。はっとハトリが顔を上げれば、チラシの文面に目を落とす風紋がいるだけだった。「……風紋さん」風紋は顔を上げて、にこりと柔らかく微笑んだ。つられたようにハトリは口角を上げるが、頬が引き攣ったように震え、やがて笑みは消える。

「……その最後の言葉を聞いて、わたし、逃げるみたいに帰ってしまって…その時の彼女の表情は、今まで見たことないような笑顔で、わたし、怖くて……」

ひかりの手を握る右手とは別に、左手も彼の手を掴む。両手でぎゅうっと握り締める。ひかりは彼女の頭を引き寄せ、大丈夫、と彼女の髪を撫でた。

「…にしても、あなたの周りは本当にいろんなことが起きますね」

ハトリの傍ら、ひかりとは逆の方に立つ希望が、ひかりの胸に顔を押し付け震えるハトリを横目に見下ろしながら肩を竦める。そのまま風紋の方を見て、一歩前へ。

「……ヘヴンズゲートで間違いないですね、ボス」

「あぁ」

ヘヴンズゲート。風紋の言葉を口の中で反芻し、ハトリはゆっくりと顔を上げる。彼女が口を開くより先に、風紋は彼女が求めてくるであろう答えを発する。

「素性はよく分からない。が、とにかく、サークルを騙ったその組織に入ってそこにずぶずぶと嵌まっていく若者がここ数日で激増したらしい。彼らは皆言う、"天国は等しく開かれているのです"と」

「やや宗教チックで気味が悪い組織です。俺たち"見捨てられた者"なんて可愛く思えるでしょう?」

自虐と皮肉を含んだ希望の言葉に、風紋はくつくつと笑ってみせるのみ。そしてハトリに向き直って、いつもの通りの穏やかな笑みを見せた。

「友人さんは必ず助ける。君もどうか気をつけて。そのサークル…"そら"という、それには近寄るな。…ひかり、頼んだよ」

「当たり前だ」

ひかりは固く頷き、ハトリの肩を抱いて立たせる。そのまま彼女を連れて部屋を後にしようとして……ひかりの腕の中で、ハトリの体が大きく痙攣した。

「……ハトリ?」

がくりと項垂れるハトリの体。ふわりと揺れる髪から、雨の匂いがした。

「あぁもう、和舞が見当たらないから郎女の体に入る羽目になった!」

そして顔を上げたハトリの目は、ルビーのような赤ではなく、痩せた土の色をしていた。「……エオルア?」ひかりが漏らした声を聞くことなく、ハトリは…ハトリの体に入ったそれは、エオルアは、ひかりの手を振り払って風紋の前に滑り込む。そして、彼に頭を下げた。

「お願い、助けて」

エオルアの肩は、体は、声は、震えていた。

「シズクを……シズクを助けて…!」







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