novel | ナノ
それはある種の賛辞であった。

流沙は人間ではない。生体兵器である。彼のありとあらゆる体液は、人体を害する。あるいは人体を癒す。故に、このジパングの裏社会では、その存在の危うさが顕著である。また、その危うさ故に、彼を狙う者も少なくない。だからこそ、絶対的な強者で在り得る。

それは、ある種の惨事であった。

【神に愛された者】と称される、ジパング治安維持を担う組織に属する流沙と薔薇戦争は、国家転覆を目論む組織の排除に向けて、あるホテルに泊まっていた。そのホテルで、流沙を狙った襲撃に遭ったのだ。
深夜の襲撃であったため、即戦力の薔薇戦争は対応できなかった……と言うよりは、武器が手元になかったのだ。そこで、流沙の独壇場となる。しかし、彼の武器はいわば彼自身、持久戦になればなるほど不利なのだ。
流沙が敗北するはずがなかった。相手はほぼ壊滅。しかし、最後の一人を前にして、流沙は血の海に倒れ伏した。
最後の男は厚手のグローブを纏った剛腕で、流沙の細い体を抱える。流沙が奪われる……見ていることしかできなかった薔薇戦争は、自分の使命を思い出し、男に向かって走り出した。

流沙が外部の手に堕ちることがあれば、流沙の命を断て。

彼女は、赤く彩られた長い爪を"凶器"に見立て、流沙を攫おうとしている男の目に突き刺した。





「今回の任務は保留ね」


流沙と薔薇戦争が所属する組織《神見愛者》の本拠地の白いビル。窓が一つもないビルのように思われているが、実はある。もっとも、マジックガラスなので、外からは見えない。
その病室で、あらゆるコードに繋がれた流沙の目は固く閉ざされたまま。彼が生きていることを伝えてくれる機械は、ある一定のペースでピッピッと電子音を刻んでいた。
ベッドの傍らに座り項垂れる薔薇戦争に、ファイルを脇に挟んださくらが優しく告げる。その言葉を聞き、薔薇戦争は膝の上の拳を握り締めて唇を噛んだ。


「…ごめんなさい…」

「わたしに謝っても何も始まりません。それに、風紋様に謝っても、今回は仕方がなかったと仰ってくれるでしょう」


実際、任務を遂行できなかったことをボスである風紋に報告した時に咎められることはなかった。むしろ、「流沙を、……流人を、弟を助けてくれてありがとう」と、あの堅物とも称されるボスが言ったのだ。流沙の命を断てという命であったが、やはり兄弟の愛は揺るがない。薔薇戦争はそう感じ、その兄弟愛に羨望の念を抱いた。
しかし、薔薇戦争には拭えない罪悪感があった。あの時、武器が近くにあれば。戦うことができたならば、流沙をこんな目に遭わせることはなかっただろうに。
爪に血が滲むほど固く拳を握る薔薇戦争。彼女の溢れ出る悔しさを感じ取ったのか、さくらは薔薇戦争の肩に手を置き、くすくすと笑った。


「珍しいこともあるんですね」

「………なに」

「いつも喧嘩ばかりなのに、薔薇戦争ちゃん、今すごく流沙くんのことが心配っていうような顔してる」


さくらの言葉に硬直し、頭の中で言葉を反芻する。そして顔を真っ赤にし、突然椅子から立ち上がって病室を飛び出した。


「……あらあらあら……」










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