「おかえりなさい、ひかりくん」 「あぁ、ただいま」 ひかりはハトリのベッドのそばの椅子に腰掛け、彼女の髪を撫でる。 「お仕事、どうだった?」 「あぁ、いい感じ」 くすぐったそうに身をよじらせる彼女が可愛らしくて、ひかりはさらに強くハトリの髪を乱す。 「和舞が襲われた場所を視て、そこから奴が立ち去ったルートを視て追った。とりあえず、奴の家みたいなアパートは見つけたけど、いなかった。今はシャコンヌが張ってる」 「…そっか」 伏せられたハトリの赤い目は暗い。彼女の髪を撫でるひかりの手が一度止まるが、はぁ、と態とらしい大きな溜息を漏らして、より強く彼女の髪を掻き乱した。 「心配すんな。お前は早く体調整えろ。お前がいない間の芸能活動は、相方が頑張ってくれてるんだろ?」 ハトリが頷いたのが分かった。ひかりの表情はほとんど変わらないけれど、その口元に浮かぶのはほんの微かな笑み。ひかりはそのままハトリの頬を撫でて、彼女から手を離す。しかし、ハトリは顔を上げない。 「……あのね、ひかりくん」 「ん?」 「…わたし……あの人のこと、なんか、」 その時、ハトリの体が大きく痙攣した。「…ハトリ?」ひかりがハトリに手を伸ばす。 「ああああああやっっっっと帰ってこれましたあああああああああ」 唐突に顔を上げ大声を上げたハトリの目は、蒼かった。蒼にひかりが映る。そして、ハトリらしからぬ、卑しさを孕んだ笑みを浮かべた。 「てめぇ……クェスト!」 ハトリ、否、ハトリの中に入り込むのは蒼い目の神。名をクェスト。 「そんな怖い顔しないでください。彼に斬られてから、ハトリのそばを離れざるを得なかったんですから」 恍惚と愉悦が滲むハトリの表情。ハトリなら絶対に見せないようなその表情に、ひかりは舌打ちして顔を伏せる。 「……どういうことだよ。お前、いつもハトリに憑いてたろ」 「だから、離れざるを得なかったんです。彼に引き剥がされていたのですから」 「………は?」 クェストはハトリの乱れた髪を整えながら、何の気なしに言葉を紡ぐ。 「あの青年は、ハトリから私を引き剥がすのが本来の目的だったようです。錆びたナイフの太刀筋は、ハトリと私の繋ぎ目を確実に狙っていましたので」 クェストの言葉を噛み砕く。それは、つまり。 「…じゃあなんだ、お前が憑いてたからハトリはこんな目に?」 「まぁ、そうなります」 思わず掴みかかりそうになった。しかし、体はハトリ。再び舌打ちが漏れる。彼女の目が、赤と蒼の狭間で揺れる。 「そのことについては、ちゃんと謝ります。しかし、これで犯人のあの男の動機が掴めたと思いませんか?」 犯人。愛する彼女を傷つけた男。奥歯が軋む。拳を握る。 「出雲郷で噂は聞きました。最高神エアイエが憑いてる少年も襲われたのだとか」 彼の目的は、人間に憑いている神です。 きつく握って血が滲むひかりの拳をそっと包み込むハトリの目は、赤。ひかりくん。と、怒りと悔しさに溢れた彼の顔に手を伸ばし、引き寄せて抱き締めた。 [ back to top ] |