novel | ナノ
扉が開く音がした。そちらの方を見れば、彼だった。ハトリは読んでいた本を閉じて、笑みを浮かべる。

「おかえりなさい、ひかりくん」

「あぁ、ただいま」

ひかりはハトリのベッドのそばの椅子に腰掛け、彼女の髪を撫でる。

「お仕事、どうだった?」

「あぁ、いい感じ」

くすぐったそうに身をよじらせる彼女が可愛らしくて、ひかりはさらに強くハトリの髪を乱す。

「和舞が襲われた場所を視て、そこから奴が立ち去ったルートを視て追った。とりあえず、奴の家みたいなアパートは見つけたけど、いなかった。今はシャコンヌが張ってる」

「…そっか」

伏せられたハトリの赤い目は暗い。彼女の髪を撫でるひかりの手が一度止まるが、はぁ、と態とらしい大きな溜息を漏らして、より強く彼女の髪を掻き乱した。

「心配すんな。お前は早く体調整えろ。お前がいない間の芸能活動は、相方が頑張ってくれてるんだろ?」

ハトリが頷いたのが分かった。ひかりの表情はほとんど変わらないけれど、その口元に浮かぶのはほんの微かな笑み。ひかりはそのままハトリの頬を撫でて、彼女から手を離す。しかし、ハトリは顔を上げない。

「……あのね、ひかりくん」

「ん?」

「…わたし……あの人のこと、なんか、」

その時、ハトリの体が大きく痙攣した。「…ハトリ?」ひかりがハトリに手を伸ばす。

「ああああああやっっっっと帰ってこれましたあああああああああ」

唐突に顔を上げ大声を上げたハトリの目は、蒼かった。蒼にひかりが映る。そして、ハトリらしからぬ、卑しさを孕んだ笑みを浮かべた。

「てめぇ……クェスト!」

ハトリ、否、ハトリの中に入り込むのは蒼い目の神。名をクェスト。

「そんな怖い顔しないでください。彼に斬られてから、ハトリのそばを離れざるを得なかったんですから」

恍惚と愉悦が滲むハトリの表情。ハトリなら絶対に見せないようなその表情に、ひかりは舌打ちして顔を伏せる。

「……どういうことだよ。お前、いつもハトリに憑いてたろ」

「だから、離れざるを得なかったんです。彼に引き剥がされていたのですから」

「………は?」

クェストはハトリの乱れた髪を整えながら、何の気なしに言葉を紡ぐ。

「あの青年は、ハトリから私を引き剥がすのが本来の目的だったようです。錆びたナイフの太刀筋は、ハトリと私の繋ぎ目を確実に狙っていましたので」

クェストの言葉を噛み砕く。それは、つまり。

「…じゃあなんだ、お前が憑いてたからハトリはこんな目に?」

「まぁ、そうなります」

思わず掴みかかりそうになった。しかし、体はハトリ。再び舌打ちが漏れる。彼女の目が、赤と蒼の狭間で揺れる。

「そのことについては、ちゃんと謝ります。しかし、これで犯人のあの男の動機が掴めたと思いませんか?」

犯人。愛する彼女を傷つけた男。奥歯が軋む。拳を握る。

「出雲郷で噂は聞きました。最高神エアイエが憑いてる少年も襲われたのだとか」

彼の目的は、人間に憑いている神です。
きつく握って血が滲むひかりの拳をそっと包み込むハトリの目は、赤。ひかりくん。と、怒りと悔しさに溢れた彼の顔に手を伸ばし、引き寄せて抱き締めた。






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