novel | ナノ
「本っ当に腹が立つわ!」

休憩室の隣、給湯室から聞こえる怒号。しばらくして現れたのは、トレイを手にした薔薇戦争。トレイの上には、人数分のティーカップが載せられている。

「まぁマァ、落ち着いてヨー薔薇チャーン」

「腹立つ、ムカつく!なんで何も手掛かりがないのよ!なんで和舞ばっかりがいろいろ情報持ってくるのよ!あぁもう!どうして!腹立つ!」

サラバンドに対する返し口は荒んでいるが、トレイを机に置く手つきは優しい。それを見て、流沙は柔らかく微笑んで薔薇戦争の方を見た。

「まぁまぁ、薔薇。自分ではちゃんと落ち着こうとしてるよな」

「……」

全てを見透かした流沙の言葉に、薔薇戦争は無言で頷く。そのまま薔薇戦争は流沙の隣に腰掛け、彼の肩に頭を乗せる。

「…わたくしが助けたかったのに」

彼女の声は、流沙にしか届かないようなか細いもので。案の定サラバンドは気付いていないらしい、鼻歌交じりに薔薇戦争が淹れてくれた紅茶を飲んでいる。目の前にある彼女の黒髪を見つめ、彼女の背中をさする。

「……薔薇」

大丈夫。そう言い聞かせるように、彼女にしか聞こえない声をかけてやれば、薔薇戦争は小さく頷く。大丈夫、と、小さな声が返ってくる。

「…わたくしが腹立たしいのは、わたくし自身だから」

背中をさすっていた手を止め、とん、と彼女の背を軽く叩く。全部分かっているのだ、彼女のことは。全部終わったら、彼女の中にあるもやもやや苛立ちを聞いてあげよう。そう決めて、流沙はカップに手を伸ばす。

「でも、面白いよネェ、天命って考え方」

紅茶に口をつける。少し渋いと思って砂糖を加えながら、サラバンドの言葉が耳に入る。

「ボクにも天命があるってことデショ?で、ハトリチャンはなんだっけ、とにかくなんか強そうな神さまから新しい天命をもらったっテ?ボクはどんな神さまからもらってるんだろ、気になるゥー」

かちゃ、と、流沙の隣で固い音がした。見れば、薔薇戦争がカップをソーサーに置いた音。

「…どうして犯人は、ハトリと和舞を狙ったのかしら」

彼女は脚を組み、顎に手を当てて思案する。

「天命というものは人間誰しも与えられるものなのでしょう?斬るだけなら、誰でも良かったはず。でも、敢えてその二人が狙われたのは、何故?」

流沙もカップを置き、紅い水面を見つめる。揺れる紅、その波紋の揺らぎを目で追っていると、あることに気付く。あ、と、声が漏れた。

「犯人は、天命を斬ることが目的ではない…?」

「……ってこと、よね」

サラバンドは考え込む二人を交互に見ながら、再び紅茶を啜る。

「別のものを狙った結果、ハトリの天命が斬れてしまった、とか…」

「その別のものってのが分かんねぇんだよなぁ」

くっと薔薇戦争は歯噛みする。あと一歩が踏み出せないもどかしさをぶつける先もなく、くしゃりと前髪を掻き上げ、嘆息した。

「あら」

その時、新たな声が休憩室に響いた。

「俺にもお茶、淹れてもらえます?」

薔薇戦争が座るソファの背後から、希望が顔を出していた。そしてその手は、薔薇戦争の胸を掴んでいる。

「………希望」

「あー、なんか今日ちょっと胸張ってまぐふっ」

薔薇戦争の刀の柄が希望の鼻にストレートに入る。希望は鼻を押さえて床に崩れ落ちるが、ソファの背もたれを掴んで何とか立ち上がった。ちっ、と薔薇戦争と流沙、二人分の舌打ちが聞こえたのは気のせいではない。

「なんなのよ、いきなり」

「いえ、俺も休憩しに来ただけです。お気になさらず」

希望が顔から手を離す。鼻のてっぺんを赤くしたまま、希望は給湯室に入っていく。しばらくして、コーヒーの香りが漂い始める。

「そういえば希望クンは神サマのこと結構詳しいんでショ?なんか面白い話ないノー?」

サラバンドが給湯室に向かって声を投げかければ、「そうですねぇ」とすぐに希望が顔を覗かせた。どうやらコーヒーはインスタントらしい。

「…あ、神さまがハトリさんや和舞に乗り移るのは何度か見ましたよ」

「え、何それ面白!ボクも見たい!」

「不思議なんですよ、二人とも、神さまが話す時は目の色が神さまの色になって………」

希望とサラバンドの他愛のない会話が薔薇戦争の耳をすり抜ける。しかし、なんとなく聞き流していたその話に、ささやかな違和感を覚えた。

「……もしかして」

ちょうど入り口付近に立っていた希望を突き飛ばして薔薇戦争は休憩室を飛び出す。「ちょ、薔薇!」後を追う流沙。希望が手にしていたカップの中のコーヒーは、見事にサラバンドの顔面に降り注ぐこととなる。







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