novel | ナノ
ユートピアのマネージャーである鐘撞に紹介された「発掘!ユートピアの妹たち!」というオーディションを終え、ハトリは楽屋で休憩していた。書類審査を通過した5人にそれぞれ個室の楽屋が与えられるという点から、このオーディションの規模の大きさがよく分かる。
オーディションの結果発表は一週間後。一週間、気を乱さずに待てるだろうか。待てるわけがない。さらに、先程までのオーディションの緊張がぶり返す。ハトリは顔を真っ赤にし、椅子に座ったまま脚をじたばたさせた。
その時、扉のノック音。いきなりの音に、ハトリは椅子から滑り落ちる。

「ちょ、大丈夫?」

事故を彷彿とさせるような凄まじい音に、客人は慌てて入室する。そして客人は尻餅をついたハトリを見て、ぷっと噴き出した。

「大丈夫?ハトリ」

茶色い髪に、黄金色の優しい瞳。差し出された手を取り、ハトリは腰をさすりながら立ち上がる。

「あ、ありがとうございます、ヘヴンさん…」

その時、ハトリの口元に彼、ヘヴンの人差し指が添えられる。

「ヘヴンさん、はダメ」

ハトリは顔を真っ赤にして顔を逸らす。そして何度かヘヴンの顔をちらちら見て、

「………た、た、たく、たくみ、さん……」

消え入るような声で名前を呼ばれ、ヘヴンは満足げに笑う。「よくできました」とハトリの頭に手を置こうとして、

「人の女口説いてんじゃねーよ」

手首を掴まれた。いつの間にか現れたひかりがヘヴンから庇うようにハトリを片腕で抱き寄せている。

「ひ、ひひひひひかりさん……っ」

ひかりの手を払い、ヘヴンは笑う。そして何度か手首を振って、踵を返す。

「じゃあね、ハトリ。お疲れ様」

ひらりと手を振り、楽屋を出て行く。ちっ、と舌打ちをして、ひかりはハトリを解放する。

「……何なんだよあいつ…」



あの神社での出来事。ハトリが選んだのは、ひかりだった。

「あなたのあんなつらそうな顔はもう見たくないです。あんな顔、させたくない」

ひかりの目を見て、彼女は応えた。彼女が、今のこのひかりとの関係を選んだ。



「…匠さんは、たぶん、もうわたしのことは諦めてます、よ…」

「……じゃあ何で」

ハトリは小さく首を捻る。そして眉根を下げて、ヘヴンが出て行った扉を見つめた。

「幸せになれていない人がいる、ってことを、知ってしまって……ちょっと、悩んでる、のかも」

ひかりもハトリにつられて扉の方に視線を投げる。思わず、再び舌打ちが漏れた。

「……ほんと。あいつ…他人のことばっかり」



某放送局のビルの外で、希望は携帯電話を耳にする。

…あぁ、もしもし、李希?
この間はごめんなさいね、結局あまり能力を使うシーンがなくて。電話し放題の料金プランで良かったですほんと。
……でも、今回のことで、女の子のこと、少し分かりました。
李希の言う通りでした。女の子というのは、守られたいのに、守りたがるんですね。…誰かを守ることで自分が守られるってことを、きっと無意識のうちに知ってるからでしょう。
……幸せになれますよ。彼も、彼女も。
………そうだ、週末お暇をもらえたのでそちらに遊びに行こうと思うんですけど………



「らしくないことをしたわね」

ユートピアの楽屋に戻ってくると、鐘撞に声をかけられた。

「……何のことでしょう」

「いつでも他人のことばっかりだったあなたが、初めて個人の幸福を願った。らしくないことをしたから、こんなことになってしまったのね」

やれやれと鐘撞は肩を竦める。鐘撞に構うことなく、ヘヴンは次の仕事の準備を整える。鐘撞はそんなヘヴンを横目に、くす、と小さく笑った。

「アンチテーゼ、ってやつかしら」

「…なんですか、それ」

「今回のあなたがやったことよ」



「なぁハトリ」

楽屋からの撤収を済ませた二人は、廊下を歩いていた。

「なんですか?」

エレベーター前に辿り着き、下に向かうためのボタンを押す。

「…オレで良かったの?」

エレベーターは、なかなか来ない。しばらくの沈黙。

「……わたし、」

ようやくエレベーターが到着する。エレベーターに乗り込む。

「あなたの言葉が、忘れられなかったんです」

1階のボタンを押し、扉を閉めるボタンを押す。

「クェストや匠さんの能力とかにわたしが幸せにされたら……」

扉が閉まる。妙な浮遊感が襲う。

「……わたしがどっかに行っちゃいそう、って、言ったでしょう?」

エレベーターの窓の外の景色は徐々に上に向かっていく。ひかりは視線をそちらに逃がしながらも、小さく頷く。

「それを聞いて、わたしを留めてくれるのはあなただって、そう思えたんです」

速度が緩む。エレベーターが停止する。

「わたし、あなたを幸せにしますね。ひかりさん」

到着を告げる音が鳴る。扉が開く。ハトリが降りようとする。

「ハトリ」

ハトリが振り返る。彼女の腕を掴んで、引っ張る。エレベーターの扉が、再び閉まる。引っ張られるがまま、彼の胸に倒れ込む。

「ひかりでいいよ」

思わず笑みがこぼれる。照れてしまって、恥ずかしくなって、でも嬉しくて、彼の服をぎゅっと握る。

「ひかり」







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