novel | ナノ
「おいで」

差し出された手を見つめ、天国の顔を見つめ、もう一度、手を見下ろす。そして、震える手を、彼の手に伸ばす。しかし、彼女の右手が天国の手に触れることはなかった。

「……………え……?」

天国の手を取ろうとしたハトリの手を引いて、その腕の中に彼女を留めたのはひかりだった。

「…ひかり」

「貴様、どういうつもりだ!」

腕の中で蒼を宿したハトリ……否、クェストが吼える。しかし、ひかりは腕の力を緩めない。ハトリの体を手放さない。

「ふざけんなよ!カミサマも天国も!」

ひかりの激昂。「……ひかり?」ひかりの様子がおかしい。希望は携帯電話から耳を離し、訝しげに目を細める。クェストの目に、蒼と赤が混じる。

「猿にしろカミサマにしろ、お前らのやったことがこいつを苦しめてるってのが分からないのかよ!」

ハトリの目が完全に赤に戻る。それを確認したひかりはさらにきつくハトリを抱き寄せ、天国をキッと睨めつける。

「お前もお前だ天国。なんか違うだろ、そりゃお前の力があれば幸せなんてすぐそこだけどよ、それでいいのかよ、いや良くねぇだろ!あぁ良くない!良くないったら良くない!」

ぷふっ、と希望が小さく噴き出す。慌てて口を塞ぐが、「おい」と背後から犬に制される。口元を手で押さえながらひかりを見れば、彼はハトリを抱き締めて俯いていた。

「桃太郎の猿とかカミサマとか幸せになれる能力とかさ、そんな、そんなもんに、こいつが幸せにされたら……………」

ひかりの唇が動くが、何と言ったか希望までは聞こえなかった。しかし、ハトリには届いたのだろう、はっと彼女は顔を上げる。二人の視線が交錯する。

「ハトリ」

銀はまっすぐに赤を見下ろす。赤の奥の底の底まで覗き込むように。しかし、赤は逸らさない。銀の奥の底の底を掬い上げるように。

「オレを幸せにしてくれ」

ハトリは瞠目する。ひかりの目が揺らぐことはない。

「お前となら、なんか、いけそうな気がする」

ハトリの目が揺らぐ。唇が戦慄く。そして、その唇が小さく動いて、

「意味わかんねぇのはこっちだよ、ひかり」

ぐらりとひかりの体が動いて、気付けばハトリは開放されていた。ハトリの右手はひかりに掴まれたまま、開放された衝撃で左手が投げ出される。

「ハトリ」

その手を掴んだのは、天国だった。

「俺が君を幸せにするから」

金と銀に挟まれ、赤は惑う。

「…わ……わたしは……」

金と銀に見つめられ、ハトリはぎゅっと目を瞑る。

「わたしは……!」

そして、ハトリは彼を見た。







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