「カミトリ……?」 ひかりの言葉に、それはぱあっとその蒼い目を輝かせた。 「驚いた!よく分かりましたね!」 それはくるりとその場で一回転し、胸に手を当てて膝を折って軽く頭を下げる。 「私の名はクェスト。ずっとこのハトリに憑いていまし」 それの言葉が途中で詰まる。それの目の前で、一筋の炎が揺らめいたから。はっとひかりがその炎の軌道を追えば、いつの間にか携帯電話を拾った希望の指先に辿り着いた。 「あなたですか。ヘヴンを拉致して鶴科ハトリに罪をなすりつけたのは」 このタイミングでの神の登場。「連れてきてなんて頼んでない」という、先程のハトリの言葉。しかしそれは…神であるクェストは目を瞬かせ、態とらしく腕を広げて肩を落とした。 「なすりつけたなんて酷い言い方!私はハトリの願いを叶えただけです」 「……願い?」 「えぇ」 クェストの目が細められる。ひかりと希望から目を逸らし、思い出に浸るように自分の胸元に手を当て、空を見上げる。 「この子は、ヘヴンに憧れて芸能界に入りました。しかし、ヘヴンとの距離は、ハトリがヘヴンの一ファンの時と全く変わらなかった」 空を見つめる目が、一瞬だけ赤に染まる。滲んだ赤。しかしすぐに蒼が映し出され、嘲るように歪む。 「ヘヴンのそばに行きたかったんですよ、彼女は。そして私は考えたのです。そばに行けないなら、そばに連れてこればいい。私は彼女の幸せを願って、彼を彼女のそばに連れてきたのです」 つまり、一連の事件は全て繋がっていた。繋がっていたが故に、こうして事の発端に辿り着けた。ひかりはクェストの肩を掴む。 「そのヘヴンはどこにいる!」 「ここにいるよ」 耳に懐かしい声。それは本殿の方から。 「天国!」 犬に肩を借りた男が、神社の本殿から姿を現していた。茶色い髪に、黄金の目。その整った顔立ちは、紛れもないヘヴン……天国だった。顔色はお世辞にも良いとは言えなかったが、幸い、目立った外傷などはないようだった。 「天国、あなた」 「クェスト」 駆け寄る希望を片手で制し、天国は犬から体を離す。そしてクェストの方に目をやる。クェストの笑みの真意は、読めない。 「…クェスト、言ってたよね。この子は、俺なんかに憧れて、それで、その所為で苦しんでるんだって」 クェストは何も言わない。ただ、肯定の意を示したらしい、口角が僅かに釣り上がる。クェストの方に向かう天国の足取りは覚束ない。顔には疲労が滲んでいるが、その黄金色は力強い。 「だったら、俺がこの子を幸せにする。俺の力で」 クェストの目がまた一瞬赤くなって見開かれる。蒼に戻る頃、その顔にはやはり読めない笑みが浮かんでいる。 天国、とひかりが呼ぶ。その声の色は、どこか縋りつくようだった。天国は横目にひかりを見て、またクェストの方を見る。 「この子はずっと泣いてた。ずっと俺に謝ってた。とても痛ましかった。俺は俺が情けなかった。目の前の女の子一人幸せにできなかったんだよ、俺は」 天国が見ているのは、クェストではない。クェストが憑いているハトリだ。天国の言葉をそばで聞きながら、ひかりは思った。何故だろう、天国の言葉が、胸を締め付ける。思わず唇を噛んでしまう。 「でも、今なら」 天国の語気が、強くなる。 「俺は、俺ならこの子を幸せにできる。俺がこの子を幸せにする。俺の力なら、この子を何ものからも守れるんだから」 いつの間にか、クェストは消えていた。ハトリは目を見開いて天国を見つめている。 ハトリの目の前に手が差し出される。視線を下ろす。もう一度、顔を上げる。その手の主は、天国は、優しく微笑んでいた。 「おいで、ハトリ」 [ back to top ] |