novel | ナノ
最高神エアイエ。
太古の昔、歴史に近い神話の中で、この国の未来を照らし出したとされる太陽の女神。八百万の神々の頂点に君臨する母なる神。

「おまんらの話は聞かせてまった」

和舞はにやりと笑う。希望とひかりは顔を見合わせ、首をひねる。そして希望の方が頷き、和舞の方に視線を戻した。

「…和舞、怒ったのは謝りますから正気に戻ってください」

「おまんらわらわをナメちょーがか?!」

「まぁ説明もなしにいきなりカミトったらそりゃこうなるよね」

一瞬。一瞬だけ和舞の目の色が普段のディープピンクに戻る。その瞬間だけ、確かに"和舞"が喋った。しかし、すぐに暖かなオレンジがその目に宿る。

「……一人芝居?」

「本気で殴るぞ希望の空」

オレンジの奥底に殺気にも似た鋭い色が垣間見え、希望は言葉を詰まらせた。威圧された、ような気がした。こほん、と和舞は態とらしい咳払いをする。

「神は信仰深い人間にしか見えんし声も聞こえん。だけん、信仰心薄いおまんらが為にこがな力使って和舞の体を乗っ取っとるんだがん」

「カミトリ、って言うんだよ」

また一瞬、目が桃に色づく。

「さて、現人神の話だがや。耳穴かっぽじってしゃんしゃ聞け」

「……しゃ、しゃん…?」

「………しっかり聞けって意味だがん!あぁもう、言葉までこいつらに合わせなえけんかや!」

「神の言葉は現代人に通じそうで通じないからねー」

再三に渡っての桃色。ちっ、と舌打ちをすれば、それはまた橙に。和舞は、否、和舞の中にいるエアイエは椅子の背もたれに体重を預け、胸の前で腕を組む。

「…お前たち、桃太郎の話は知っているな?」

一同は頷く。誰もが一度は耳にしたことがあるであろう昔話。桃から生まれた桃太郎が鬼を退治するという、古典的な御伽噺。

「桃太郎とは、現人神のこと。つまりあれは、実話を基にした御伽噺、ということだ」

「…現人神って、桃から生まれたんですか」

「実話を基にしたと言っただろう、多少の脚色は勿論ある。桃から人間が生まれるわけないだろアホか」

エアイエに苦言を呈され、希望の表情が少し歪む。はぁ、とエアイエは溜息をつき、机に肘をついて顔の前で指を組む。

「…さて、桃太郎にはお供がいただろう」

「…犬、猿、雉」

「いかにも。それがお前たちを襲ったあいつらだ」

正確には、襲ってきたのは猿と雉だけだったがな、と付け加え。

「現人神は術士の家系だ。詳しいことはわらわも知らんが、とにかくあれが桃太郎におけるお供の動物たちなんだよ」

希望の脳裏で思い出されるのは、ふたりの人間離れした身体能力。特にカノティエ帽の少女に関しては、あの身軽さは異常だった。…正体は猿だった、と言われれば、なんとなく納得できる自分がいる。

「まぁそれが守護獣と自称することへの答えだ。あとはイラツメだな」

話がどんどん続いていく。歴史なのか神話なのか分からない、浮世離れした話。

「さて、ではまずはじめに訊こう。現人神を象徴する動物が何であるか、知っているか」

現人神の象徴。ひかりの中で、学生時代に社会の教科書で見た家紋が思い起こされる。それらに描かれていたのは、確か、

「……鶴、か?」

ひかりの答えに、エアイエは笑う。いかにも、と頷く。

「鶴は尊きものとされる。故に、現人神の家系の者以外が名前に鶴の文字を冠することは禁じられている。勿論、苗字にもな。…しかし、ひとつだけ、ある家系が苗字に鶴の文字を戴いているのだ」

ひかりと希望の視界の片隅で、風紋がパソコンを操作する。スクリーン代わりの白い壁に映し出されたのは、神見愛者が秘密裏に所有する個人情報のデータベース。

「家の名は鶴科。現人神の実妹の家系だ。故に、獣どもはその家系の女人、特に若い女人を郎女(いらつめ)と呼ぶ」

つるしな、とデータベース内で検索をかける。

「則ち、あの猿と雉をお前たちに放ったのは、鶴科の女だ」

風紋がさらに操作を加える。そして、一人の女の写真が映し出される。

「……え………」

ひかりが絶句し、希望が瞠目する。
茶色い髪に、伏し目がちな赤い目を持つ女の写真。個人情報欄の一番上、名前の項目に書かれていた文字。

「……鶴科……ハトリ…?」






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