あるビルの会議室で、男が机に拳を打ち付ける。彼と向かい合う女は、笑みを浮かべて立っているだけだった。 「報酬が用意できないと言うので、今回のご依頼はお断りさせていただきます、と何度言ったら分かるんですか?」 金髪を揺らしながら、女は踵を返す。顔を上げた男の目は怒りに満ちていて。彼が手を挙げれば、彼女が出て行こうとした扉から重装備の男達が乱入してきた。 「ふざけんなよ、神見愛者!!!!」 数多の銃口が女に向けられる。その瞬間……女の前に黒い影が立ちはだかった。般若の面で顔の右半分を覆うそれは、凍りついた視線で包囲網を見渡す。 「その銃口は、己が己の喉を穿つ為に向けたものだろう?」 無機質な声が響き渡ったその刹那、彼らは銃口を自らの喉元に突きつけ、発砲した。そして般若はゆらりと机の方を見て、ゆらりと腕を伸ばし、ゆらりと男を指差す。 「貴様は今から投身するんだろう?」 そして数分後、そのビルの周りにサイレンが集った。 金髪の彼女はそのビルから既に離れ、帰路についていた。彼女の後ろをついて行くのは、先程の般若ではなく、桃色の髪の女。 「本当に危ないところでしたわ、ニーナ。今日はじゅげむがいたから良かったけれど…あなたがこんな危険な橋渡しをしなくても良いのに…」 「だってあんなクズみたいな依頼だとは思わなかったんだもの。ちゃんとした依頼だったらちゃんと交渉するつもりだった」 金髪の彼女、花影新奈がやれやれと肩を竦める。ある組織の総務課に属する彼女は、主に組織の依頼を請け負っている。彼女の後につく女、さくらから言わせてみれば、新奈がこのように危険を冒すべきではないと言うのだが、彼女は聞かない。 「けど、さっきの一つ前の依頼は良かったよ」 「あら、どんな?」 「えぇ、珍しく殺しの仕事じゃないの!なんと、サラバンドに路上ライブの依頼!」 「まぁ!遂にサラバンドがあのフルートを人前で披露するのね!」 きゃあきゃあと騒いでいると、二人は窓がない白いビルに辿り着く。ここが彼女らの本拠地だ。 「ただ今戻りましたー」 ビルのエントランスに入るや否や、新奈はそう大声を上げる。が、勿論、応じてくれる者はない。しかし、新奈にとってはこれが当たり前だ。自分が帰ってきた、そう思える瞬間があるだけで十分。 「えっと、それじゃあわたしは風紋様にご報告に行きますね」 「あっ、ありがとうさくら!じゃあ私は部屋に戻るね!」 さくらに手を振り、彼女がエレベーターに乗ったのを見届けた後、自分の部屋に向かって歩き出す新奈。そして、ある角を曲がろうとしたところで誰かとぶつかった。 「あっ、悪い!」 「や、大丈夫…」 ぶつかった相手を見れば、明るい茶髪の青年だった。見慣れない顔だ。しかし、新奈のように《仕える》人間はそうそういるはずがない。とすれば。 「あなた、もしかして新入りの……」 「あ、天売たく…じゃなくて、天国の島っす。えーとー……」 話は聞いていたが、やはり最近発見された《神に愛された者》のようだ。新奈はひとつ咳払いをし、彼、天国に手を差し出す。 「花影新奈。ニーナって呼んでね。よろしく」 「あ、あぁ、よろしく…」 彼がそろりと手を握ってきたので、新奈はきつくその手を握り返し、ぶんぶんと振った。 「天国だから、天、かなぁ…」 「え、あぁ、好きに呼んでくれ…ください」 「あは、気を遣わないでよ!気楽にしてね」 それじゃ、と手を離し、彼の脇を通り過ぎる。また天国ともゆっくり話がしたい。彼が活躍できる依頼を探そう。その為には彼の能力を知らなければ。 仲間が増えるとは、本当に嬉しいことだと新奈は思う。もっと仲間が増えれば、ビルの空き部屋も減るだろうし、もっと賑やかになる。そして、ジパングももっと良くなるはずだ。 ならば、ジパングをより良い国にする為に、新奈は一つでも多くの、国の為になる仕事を見つけ出さなければならない。神に愛された者達が行う行為として恥じない依頼を。 神に愛された者達に仕える役人として、今日もまた新奈は依頼を請け負う。 [ back to top ] |