「いやぁ良かった。打撲か擦り傷ばかりだよ。流石だねぇ、薔薇嬢」 しかし、薔薇戦争の表情は曇ったまま。彼女は立ち上がり、「迎えが来てるから、帰るわ」淨に小さく頭を下げて医務室から出て行った。ぱたん、と閉じられたドアを見つめ、淨の傍にいた金髪の少女はぽつりと口を開く。 「……ねぇキヨ。ショウコ、泣きそうだった」 「………そうだねぇ」 「…放っておいてだいじょうぶ?」 少女は無表情のまま淨の顔を見上げる。しかし、淨には少女の声が悲しそうな色をしているのを感じていた。少女の頭に手を置き、少女を安心させるように笑う。 「大丈夫。泣きたい時は泣かせてやればいいし、何より彼女には胸を貸してくれる人がいるからね」 「………それって、ルヒト?」 「ふふ」 はぐらかされて、少女はむうっと頬を膨らませる。その時、医務室に希望が入ってくる。先程までの不機嫌さはどこへやら、少女は目を輝かせ、希望に抱きついた。 「ノゾミっ」 「おや、リヴリー。どうしました?」 「ケガ、だいじょうぶ?」 「はい。おかげさまで」 よかった、と少女、リヴリーは安堵したように笑う。この子は随分笑うようになった。それもこれも、母親のようにこの子を可愛がってくれる医者のおかげであり、父親のようにこの子を大切に想ってくれる司書長のおかげだろう。希望は胸の奥でそう納得し、ベッド周りのカーテンが閉まっていることに気づく。まさか、と思ってカーテンを開く。そこにいたのは、先日まで共に情報収集をして回っていた相棒。 「ひかり」 彼の銀色の目が、希望に向けられる。その銀色は、どこか重く暗い。はぁ、と溜息をつき、希望は問う。 「またやったんですか、ひかり」 希望の視線の先には、ひかりの首の痣。彼は時折、自らの首を絞める。死ね、死ね、と連呼しながら。しかし死ねず、ただただ苦痛ばかりをその身に宿してはこの医務室のベッドで眠る。 ひかりはふうと重い息を吐き、よろよろと体を起こした。その銀色には、光が戻っていた。 「今日は違う」 「…違う?」 「夢を見た」 頭を掻くひかり。夢とはどんな、と問えば、彼はううんと唸って首元を押さえる。 「よくわかんねぇ。ただ、女がいた」 「………女」 「見たことない女だよ。女がオレに膝枕してるんだ。泣きながら」 そういえば先日の情報収集中に、何者かに襲撃されたひかりを介抱してくれた少女がいた。その少女のことを無意識のうちに覚えていたりするのだろうか。少女に膝枕をされていたことは、ひかりには伝えていないのだけれど。 そんなことより、彼がここにいるのは発作でないということが分かり、希望は胸を撫で下ろす。 「夢は、それだけですか?」 「あぁ、それだけ。変な夢だろ」 「えぇ、とても」 適当な相槌になったことがばれたらしい、ひかりの舌打ちが聞こえた。しかし希望は気にせず、ひかりに手を差し出す。 「ひかり、動けますか?」 「…どうした」 希望の手を借りてひかりはベッドから降り、靴を履く。いつもの発作の後ならしばらく動かないのに、本当に何ともないようだ。何となく笑いがこみ上げてきたが、抑える。そして、用件を伝える。 「先程、襲撃を受けました。そこで得たヒントを基に、ボス達と共に少し考えたいのです。力を貸してください」 [ back to top ] |