novel | ナノ
希望の目の前に薔薇戦争の体が滑り込む。彼女は咳き込みながらも、先程のように刀を杖代わりに体を起こす。

「薔子…!」

「希望……こいつら…」

その時、希望の頭にかかっていた重みが消えた。瞬間、耳を劈くような音がする。薔薇戦争の刀が、希望の頭を踏んでいた青年の脚を受け止めていた。…受け止めているのは刃の側であるのに、青年の脚は斬れるどころか血すら出ない。

「こいつら人間じゃないわ!」

青年の脚が薔薇戦争の刀を押し返す。薔薇戦争は後方に飛び退くが、その先にはカノティエ帽の少女。

「にひ」

少女の白く細く長い脚が薔薇戦争の顔面めがけて放たれる。顔の真横で何とか刀を盾にし、衝撃を受けるのみで済ませることができた。地に着地する。がくっ、と膝が折れたが、膝頭が地につくことはない。つかせない。だが、目立った外傷はないものの、体の内から限界へと連れて行かれそうな感覚。気味が悪い。くっと歯噛みする薔薇戦争の姿を見て、少女はけたけたと皮肉めいた笑い声を上げる。

「あー残念。その綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしてやれると思ったんだけどなぁ」

「…顔をやられたらわたくし…あなたを生かして帰せないのだけれど…?」

「あたしは元からあんたらを生かして帰す気ないから」

薔薇戦争の刃を真っ向から受けたはずの少女の脚には、指先を紙の端で裂いたような、血は出ず皮膚だけが軽く裂けたごくごく浅い切り傷しかない。普通の人間の脚ならば、綺麗に切断されているであろうはずなのに。

「にひひ。あー、ちょっと切れちゃった。許せないなぁ、あたしマジでげきおこだよ?」

「そうやって言葉遣いとかすぐ流行に乗ろうとするのやめればぁー?」

「うっせぇ黙ってろ」

横から聞こえた青年の笑い声に、少女の顔が歪む。希望は、と薔薇戦争は横目に彼を探す。先程彼が倒れていたところに…彼はいない。え、と息が詰まった瞬間、

「!」

少女の背後に、希望の姿を見る。彼の右手には黒い剣。誰かと電話をするように、左手に持った携帯電話を耳に当て、希望は剣を振り上げ、少女の頭めがけて振り下ろす。しかし、その刃が少女の頭を捉えることはない。

「砂鉄かぁ」

少女は手の平で剣を掴み、握り潰す。剣は砕け、ざぁっと黒い砂が少女に降り注ぐ。しかし、少女は汚れない。

「塵も積もれば何とやら、的な?まぁ昔は砂鉄から刀を作る刀鍛冶とかいたしねぇ、発想は褒めてあげるよ」

砂鉄は風に吹かれ、希望の目を眩ませる。細まる視界に煌めく銀色。希望、と金切り声にも似た声と、携帯電話の向こうから聞こえる切迫した声とが、不協和音を奏でる。

「まぁあたしからしてみれば、取るに足りない小細工だけどなァ!」

砂鉄が晴れる。希望の目に映るのは、猟奇的な笑みを浮かべた少女。少女の手には、ナイフ。やられる、反射的に瞼が世界をシャットアウトする。世界が絶たれて幾許かの時が過ぎる。衝撃は、来ない。代わりのように、カラン、と乾いた音がした。

「お嬢様の帰りが遅いのでぇ、面倒くさいながらも直々にお迎えに馳せ参じてみたんですけれどもぉ」

間延びした声。希望が薄目を開けると、少女の笑みは凍りついていた。希望はそのまま視線を落とす。そこに落ちていたのは、ナイフを握った少女の手首から先。断面は決して美しいとは言えず、むしろ無残に引き裂かれたようなものだった。そして不思議なことに、やはり血はない。手首のそばには荊のような棘がいくつもついた鉄の棒。その鉄の棒を視線で追うと、棒を握る手が映る。

「小動物どもがこんなところで何してやがる?」

棒の主はその黄金色の目を愉快そうに細め、舌なめずりをしながら少女に吐き捨てた。少女の目が揺れる。少女の目が乱入者の姿を見る。赤いパーカーに黒の袴、揺れる黒い前髪の隙間から覗く、小さな二つの角。少女の顔が醜く歪む。

「温羅てめぇ!」

少女が吼える。

「鬼の分際で現人神の守護獣たるあたしの邪魔してんじゃねぇよ!」

目を血走らせ、乱入者の頭上に飛び上がる。

「やめろアクト!そいつは……」

シルクハットの青年の制止も聞かず、乱入者めがけて脚を振り下ろす。しかし、乱入者に届くことはなかった。乱入者は少女の脚を指先で弾き、傾いだ少女の体に先程の鉄の棒をのめり込ませていた。少女の華奢な体がくの字に折れ曲がり、地に伏す。宙を舞うカノティエ帽を手に取り、乱入者は青年を見た。そして、拾ったカノティエ帽を青年に投げた。

「帽子はお返ししますぅ。現在の現人神は私に対して宥和的ですしぃ…折角の平和を壊すような真似はしたくありませんのでぇ」

ちっ、と青年の舌打ち。青年が指を鳴らせば、瞬きのうちに青年が消えた。そして少女の体は、灰になって散った。

「……英賀保…」

薔薇戦争の声。乱入者は…英賀保は振り返ってにっこり笑った。そして…その表情が、くしゃりと崩れた。

「お嬢様ぁぁぁぁご無事ですかぁぁぁぁぁお嬢様に何かあったら私ぃ初代に顔向けできないですぅぅぅぅ」

涙声で叫び、薔薇戦争の元に駆け寄る。二人を横目に、希望は少女の体が落ちた場所を見る。

「…イラツメ……現人神………」

そして、少女の言葉を、拾い集める。







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