novel | ナノ
「……ということで、犯人は恐らく我々と同類であると思われます」

希望の報告を聞いて、風紋はそうか、と目を伏せる。傍らに控えるさくらと薔薇戦争、雅と和舞はそんな風紋を見て、各々が多少は異なるものの、総じて曖昧な表情を浮かべた。

「必ずしも同類とは限らないわ」

そこで口を開いたのは薔薇戦争。希望は笑みを崩し、「どういうことです、薔子」と薔薇戦争の言葉の真意を問う。

「この世界には人間でないものがわんさかいるのよ。それである可能性もあるわ」

「薔薇嬢が言うなら、可能性として挙げるには申し分ないわな」

和舞がにやけながら続ける。
薔薇戦争…荊華院薔子の家には、人間でないもの、俗に言う化物が数多存在していることは、希望自身も知っている。もっとも、荊華院家が特殊であるが故に列挙される可能性。一般的な考えしかできぬならば、そんな可能性は絵空事だと抹消できる。希望の中でその可能性を消すことができないのは、彼の脳裏にある男が浮かぶから。百合の花に抱かれて二度目の生を、否、生と呼ぶにはあまりにも不安定な命を終えた男の姿を知っているからこそ、空想じみた可能性も否定できなかった。

「…まァ、神見愛者と同類であるかどうか…ってか、そういう空間転移系の能力があるのかどうかは俺と汐里で調べてみらァ」

「えっ、おれは?雅さん、おれは?」

「相手が一般人じゃねェって分かった時点でテメェは物理的戦力だボケ。こっちにゃいらねェよ」

「それ即ち戦力外通告!」

「俺ンとこからな」

ひらひらと書類を振りながら、雅は部屋を出て行く。わざとらしい重い溜息が部屋中に響くが、誰も彼のフォローはしない。

「じゃあ、同類でない可能性は、わたくしで調べる方が良いでしょう」

「そうだね。頼んだよ、薔薇戦争」

「承知。行くわよ希望」

「えっ、俺も?」

「あなたが担当の案件でしょう。わたくしは手伝ってやってるのよ、来なさい」

不機嫌そうな表情をたたえた薔薇戦争は、足早に扉に向かう。一瞬立ち止まって、一瞬希望の方を顧みて、そしてすぐに外に出て勢いよく扉を閉めた。希望は彼女を追いかけようと扉の方に向かうが、ふと、彼の耳に風紋の笑い声が届いた。

「…どうかなさいましたか、ボス」

「いや。我が義妹ながら、愛らしいなぁ、とね」

義妹ねぇ、と声に出しかけて、飲み込む。胸の奥にこみ上げる感情がよく分からなくて、ただ足は向かうしかなくて、希望は風紋の方を振り返ることなく部屋を出た。

「薔薇戦争ちゃん、とっくに希望くんのことを許してるでしょうに…あんなに冷たく当たって…」

希望が出て行った扉を見つめ、さくらは視線を落とす。彼女の視界に風紋が映る。しかし、風紋は変わらず微笑んでいる。彼の視線の先、そこには扉。

「不器用だねぇ、誰も彼も」



ビルのエントランスに差し掛かったところで、ようやく薔薇戦争に追いつく。

「薔子」

「うちにいる化物、知ってる?」

薔薇戦争が振り返ることはない。希望は彼女の揺れる黒髪を見つめたまま、「…いいえ」と否定を言葉を返す。薔薇戦争の歩調が少しだけ緩んだ。

「妖狐、人造人間、蛇女」

エントランスの自動ドアが開き、外の日差しが目に入る。

「吸血鬼もどき、河童、天狗、それから」

彼女の言葉は、続かなかった。
希望の目の前で、薔薇戦争の体が横殴りに飛ばされる。

「やぁやぁ、危険因子くんちゃん共!」

声が聞こえた瞬間に、上から重圧。コンクリートの冷気が体中に伝わるのを感じて、自分の体が張り倒されたと理解する。視界の隅で、薔薇戦争が刀を杖代わりによろよろと立ち上がるのを見た。咄嗟に刀で衝撃をいなしたのだろう。大したお嬢様だ、と、希望自身もなんとか体を起こしながら呑気にも思ってしまう。

「やっぱりこの程度じゃ壊れないかぁ」

薔薇戦争と希望の耳に届くのは、少女の声。二人の視界には、カノティエ帽をかぶった少女とシルクハットをかぶった青年。

「ま、いいけどさ」

シルクハットの青年が口を開く。その瞬間、起こしかけた希望の体が再び伏す。起き上がろうにも、起き上がれない。目線だけを動かせば、青年が希望の頭を踏みつけていた。希望、と薔薇戦争の切迫した声が聞こえる。

「単刀直入で申し訳ないけどさ」

「イラツメ様の為に、死んでくんない?」

薔薇戦争の声は、悲鳴にも似た呻き声に変わった。





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