「ハトリさん。彼は倒れていたのですか?」 「え、あ、は、はい…」 「何故?」 「え、ええと、えと、…わ、わかりません…」 希望の質問に、ハトリは相槌を打つばかり。人付き合いが苦手なのだろう、俯いて気弱そうな印象を与える彼女の頭頂部を見つめながら、希望は溜息をつきたくなる。その時、う、と耳元で呻き声がした。 「…んあ……オレ…?」 「あぁ、おはようございます、やっとお目覚めですかこの野郎」 ひかりが目覚めたことを確認し、希望はぱっと手を離す。希望に体重を預けていたひかりは、そのまま重力に従ってずるりと床に落ちた。「だっ、大丈夫ですか…っ」とハトリがひかりに歩み寄る。ひかりの肩がびくつく。そういえば彼は女の子が苦手だった、と内心で納得し、希望はひかりの腕を掴んで立たせる。 「彼女はハトリさん。倒れてたあなたを介抱してくださったんですよ、感謝しなさい」 「え……あ、あー、えーと、…あ、ありがとう…?」 ハトリはふるふると首を横に振る。そしてちらっとひかりを見て、希望の方に体を向ける。 「…の、のぞみさん、あの、か、彼…ひかりさんのこと、よろしくお願い、しますね」 そのまま逃げるように楽屋を飛び出すハトリ。彼女が出て行った扉を見つめながら、ほう、と希望は息をついた。 「……で、ひかり?あなた、なんで倒れてたんです」 「…え?…あー…この部屋、現場だろ、なんか視えると思って視に来て、それで……あれ?」 眉をひそめるひかりに、希望は微かに瞠目する。ひかりは一人で何やらもごもごと口にしながら、怪訝そうに首を傾げて後頭部を押さえる。 「…誰かに殴られた。誰かは……分からない。でも、天国が連れ去られる瞬間、ちゃんと視れたんだぜ」 本当ですか、と希望が顔を上げると、ひかりは自信満々といった様子で頷く。そして部屋の入り口に立ち、希望を手招く。 「お前は天国な。はい、で、天国が廊下に出る、と」 言われるがまま、希望は天国が動いたであろう動きで廊下に出る。「で、オレがカエ。カエが天国に背中を向けて、楽屋の扉を閉める」言葉の通り、ひかりは希望を背にして扉を閉める。 「この瞬間だったんだ」 ひかりは希望の背後に回り込む。希望が振り向きそうになったのを制して、ひかりは続ける。 「天国の後ろに、赤黒い渦みたいなのが浮かんだ。で、そこから白い手がたくさん伸びてきて、天国を渦の中に飲み込んだ」 希望は息を飲む。明らかに一般人の仕業ではない。それこそ、ルストや鐘撞が言っていたような…神隠しに限りなく近いのは、言うまでもない。 「……これはやはり、ヘビィで、…且つ、厄介かもしれませんね」 溜息しか出なかった。 [ back to top ] |