novel | ナノ
ひかりが立っているのは、ヘヴンがいなくなった楽屋だった。自分の目は、過去に起こった出来事を視ることができる。ここで過去を視れば、犯人の姿が視えるかもしれない。
すう、息を吸う。はあ、息を吐く。そしてもう一度息を吸って、自分の右目に手をかざす。右の視界がモノクロになる。カエとヘヴンの姿が視える。二人が扉に向かって歩いていく。ヘヴンが先に部屋から出て、カエが扉を閉める。その瞬間、ヘヴンの背後で空間を切り裂くような赤い渦が蠢いて、

首筋に衝撃が走り、ひかりが視ていた映像が途切れた。

「な……」

次いで後頭部に衝撃。体が傾ぐ。視界が揺らぐ。意識が薄れていく。ブラックアウトする寸前に視えたのは、黒いスラックスの脚と、黒いヒールのパンプス。そしてそれの上に浮かび上がる、赤いネオン文字。

「(…『BELKIS』…って…なに……?)」



「……マカハか」

彼女は倒れ伏した彼の前髪を掴み、顔を上げさせる。彼の顔と彼女の脳裏に浮かぶ面影が一致する。

「楽譜の長たるマカハが手に入れば、今後の展望も明るいわね」

彼女が彼の頭上に手をかざせば、銀色の光が手の中から溢れる。光はやがて五本の線となり、彼の頭に繋がる。そしてその線の上に、彼の頭から流れ出る音符が乗る。彼女の顔に笑みが浮かぶ。その時だった。
バチン、と電流のようなものが彼女の手に走り、光の線と音符が消える。何が起こった、と彼女が彼を見下ろすと…彼の首の痣が、忌々しいほど赤黒くなっていた。

「……鬼か…!」

彼女は歯噛みし、後ずさる。その時、彼女の携帯が鳴る。時間か、と彼女は舌打ちをする。

「…今回はいいわ、マカハ。…ちゃんとヒーリーを……ヘヴンを見つけて頂戴」

意識のない彼にそう吐き捨て、彼女は足早にその場を後にした。



仕事が終わって、ふらふらと歩いていると、ユートピアのマネージャーさんとすれ違った。なんかとても急いでたみたいで、挨拶をする暇もなかった。やっぱりユートピアって忙しいんだろうなぁ、って思ったところで、ある廊下に差しかかる。楽屋が並ぶ通りだ。その通りの、一番奥に…人が倒れてるのが見えた。

「……え」

わたしは思わず駆け出した。近づくにつれて、それが男の人であることが分かった。

「あ、あの、大丈夫ですか?!」



「ひかり!ひかりー!」

彼はどこに行ってしまったのだろう。はぁ、と溜息をつきながら、希望はビルの中をうろつく。

「全く…どこにいるんですか…」

気になることがある、と言っていた。ひかりの気になること。ひかりが気にすること。ひかりの能力は…過去を視ること。

「…あー、成る程、そういうことですか」

希望はにやりと笑い、目的地を設定する。そこは…ヘヴンがいなくなった件の楽屋は案外すぐ近くにあって、探していたひかりもそこにいた。

「……ひかり?」

しかし、そこにいたのはひかりだけではなかった。
まず、ひかりは気を失っていた。気を失って、横になっていた。そして、茶色い髪に赤い目の少女がいた。少女は、…ひかりを、膝枕で寝かせていた。

「あっ、あ、ああ、あの、えと」

少女は顔を真っ赤にして吃る。緊張しているのだろう、誰かは分からないが、ひかりを介抱してくれているのは事実だ。希望はなるだけ優しい笑みを作って、片膝をついて少女の顔を覗き込んだ。

「…あの、彼の連れの者ですけれども」

「……あ、は、はい、あの」

「彼を助けてくれてありがとうございました。もう大丈夫ですよ、俺が連れて帰ります」

少女の膝ですやすやと眠るひかりを担ぎ上げ、希望は少女を解放する。少女は慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。

「あ、あの、あのえとあの、ご、ごめんなさい」

「謝るのはこちらです。この居眠り野郎に代わって俺が謝ります。…あぁ、俺は希望です。こいつはひかり。あなたは?」

少女は目を伏せ、上げては泳がせ、そして胸元で拳を作って口を開いた。

「…ハ…ハトリ、です…」






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