「どうしたのであるか」 「…薔薇戦争が中に出されてイった」 「なんであるか、同じことの繰り返しではないか」 「…まぁ確かに、五日目にして通算十八回目だけど」 「見ていて興奮しません?」 「しねぇよ」 かつてこの建物を拠点としていた彼、希望はひかりの背後に立ち、彼の肩に手を置いてこてんと首を傾ける。ひかりは鬱陶しそうに希望の手を払い、目の前にあるベッドに手を翳して目を閉じた。 「……一週間近く薔薇戦争を監禁して、昼夜問わずこんなことしてたのかよお前」 「俺は欲に忠実ですからね」 「気持ち悪」 「とか言いながら、勃ってません?」 「勃ってねぇよ!」 笑顔でさらりと恐ろしいことを言う希望と、それに噛み付くひかり。二人の言い合いを制したのは、姫宮の重い溜息だった。 「勇者のマズルカ。薔薇戦争が蹂躙されるのはもう良いのである」 「……オレも、そろそろ飽きてきた」 「ほら、やっぱり興奮してたでしょう?」 「もうお前ちょっと黙っててくれない?」 ひかりは息を吐き、希望からその煌めく銀色の視線を外す。ひかりは、その銀で真実という名の過去を視る。そして彼が今しがた視ていた真実は、彼が探る事件の首謀者である希望の供述と概ね一致していた。正直なところ、心の何処かでは希望が語る凄惨な言葉が嘘であればいいのにと思っていたりもしたが…現実はどうにもそんなに甘くないらしい。 「ありがとう、勇者のマズルカ。面白かったのである」 「……あれ、面白かったか…?」 「…私が面白いと思ったのは、事件の詳細ではないのである」 姫宮はノートパソコンを畳み、ビジネスバッグのような黒い鞄に仕舞う。そしてすくと立ち上がり、件のベッドに腰掛けた。 「これほどまでの屈辱を味わわされながら、何ゆえ薔薇戦争は希望の空を許したのか。いやはや、その精神の強さ、実に面白いのである」 姫宮のナイフのように鋭い視線は、希望に向けられる。希望は微笑んでこそいるが、その空色の目を伏せている。姫宮は切り揃えられた髪を揺らし、希望の様子を伺っているようだった。 「……彼女は、」 やがて、希望は口を開く。 「…薔子は、愛情に縋ることでしか自我を保てないような、とても弱い方ですよ」 その空色に滲む慈愛にも似た色に、ひかりは嫌悪感を露わにする。無理もない、今希望が語っているのは、ひかりが最も憎んでいる少女のことなのだから。 「何故彼女が俺を許してくれたのかは、俺には分かりません。ただ、もし彼女が本当に強ければ……骨の髄まで荊華院だったならば、今頃俺はここにいないでしょう」 おい、と思わずひかりは声を上げた。「あいつは天下の荊華院じゃねぇってか?」些か怒気を孕んだその声に、希望は穏やかな空の色を向けて笑った。 「…そういうひとも、荊華院にはいるのだという話です」 しかし希望が言い終わらないうちに姫宮はベッドから立ち上がり、部屋の扉へ向かう。彼女としてはもう満足なのだろう。後は、事件を揉み消す代わりにフィクションとして執筆するという契約を組織と交わす姫宮が新刊を入稿するのを待つだけだ。 姫宮は扉を開くが、すぐに立ち去ろうとはしなかった。どうした、とひかりと希望が扉に視線を向けると、彼女は少し後ずさって二人を顧みる。 「……お前に客なのである、希望の空」 「………客?」 姫宮が扉の向こうに招きの声を投げかける。姫宮に招かれ現れた人物に、希望は目を見開いた。そして、その空色が滲んだ。希望の口が動くが、声にならない音が漏れただけだった。現れた人物は希望を見て、希望に駆け寄り、希望を抱き締めた。 「ただいま、兄さん」 [ back to top ] |