「逃げんな、たっくん」 「なんでそんな怒ってんだよ」 「ねぇ盾にされてる僕の身にもなってくれない?」 三者三様に口を開きながら、そこはある種の修羅場と化していた。天国ににじり寄る斎の間に遥叉が置かれているので、遥叉は溜息をついて手を挙げた。 「落ち着きなよ、斎。怒ってるだけじゃ話にならないでしょ」 「………ちっ」 あ、今この子舌打ちした。遥叉は恐ろしいまでに眉間に皺を寄せるこの中学生女子に半ば愕然としながらも、なんとか斎を落ち着かせることに成功し、天国から礼を言われる。 「……で。なんでそんな怒ってんのさ」 斎は腕を組み、遥叉を見る。そして天国を見て、がくりとうな垂れた。 「……ユートピアのライブの千秋楽の生中継、録画すんの忘れてた」 斎の言葉に、しばしの沈黙。そして、その場にいた誰もが思ったことを、遥叉は「えーと、」と前置いてから口にする。 「………そんなことで怒ってんの?」 遥叉の煽るような口調を察し、斎はがーん勢いよく顔を上げる。そして腕を振り上げ、遥叉の頭を一発叩いた。 「俺にとっては死活問題なんだよ!」 彼女がこんなに取り乱すのを見たことがなかった遥叉は、「ごめんって」と軽率に謝りながら小さく笑う。「笑ってやらないで」天国が隣から小突いてきたので遥叉は口元を押さえて頷く。その肩がまだ僅かに震えているのを横目に、天国は斎と視線を合わせた。 「ごめんな、哉女」 斎はくっと歯噛みし、天国から目を逸らす。「もー」と天国は斎の頭に手を置き、わしゃわしゃと髪を乱した。 「…大変だったろ、抗争。俺もまぁ仕事だったけど…けど、俺がやりたいことだし、…んーと、なんか、俺一人だけ楽しいことしててごめんな、ほんと」 「……たっくんが謝ることじゃねぇ」 「ん、ありがと」 ようやく落ち着きを取り戻した遥叉は手を下ろし、幼馴染同士の二人を見る。恋めいたものではなく、兄妹のような、そんな画がそこにあった。 「今度、カラオケ行こうぜ。ヘヴンのソロステージ、やってあげる」 お前の為にな。そう一言だめ押しのように言ったことで、斎が小さく頷いた。しかし遥叉は大爆笑したので、天国に思い切り殴られることとなる。 [ back to top ] |