「…どうして、」 女性にしては骨張ったその白い手を見つめ、リヴリーはぽつりと呟いた。「どうして、って?」主治医が首を傾げれば、彼女の長い黒髪がさらりと揺れる。リヴリーがその紅茶色の目を伏せれば、彼女の長い金髪がさらりと落ちる。 「どうして、そんなに、やさしくするの…?わたしは、あなたを、刺したのに」 リヴリーは自分のワンピースの胸元を掻き抱き、苦しげに言う。彼女はその小さな手でナイフを握り、目の前の医者の背中の肉を断ち、肋骨を砕き、心の臓を刺した。しかし医者は今、目の前で生きている。故に、リヴリーは自分が許されざることをしてしまったと思っていた。しかし、医者は、今こうして微笑んでリヴリーに手を差し伸べている。それがリヴリーには訳が分からなかった。 「痛かった、でしょう」 「そりゃあね」 「あんなに、血も出てたのに」 「あれにはびっくりしたね」 「ぜったい、やり返されると思ったのに」 「お仕置きはしてあげただろう?」 「……どうして、わたしを始末しなかったの」 リヴリーの声が揺れる。医者はリヴリーの震える肩を見つめ、小さく息をついた。 「テメェがキヨの患者だからだろォが」 そして、リヴリーの小さな体が宙に浮いた。 リヴリーの体は、目つきの悪い男に抱き抱えられていた。目を見開くリヴリーを見下ろし、彼は態とらしく舌打ちをする。 「ガキの分際で始末だのなンだのうるせェよ。哲学少女気取りの無知なガキだなァ」 む、とリヴリーは僅かに頬を膨らませるが、肩を抱く彼の手に力がこもったのを感じ、瞠目して彼を見た。相変わらず目つきは悪いけれど、リヴリーを見下ろす黒い目はどこか優しい。 「いいか、ガキ。こいつは医者だ、そしてオマエは患者だ。オマエを生かす理由なんて、それで十分だろォが」 はっと、リヴリーは今度こそ目を見開いて顔を上げた。彼は既に目を逸らしていて、リヴリーの体を下ろす。その途端に彼の体が傾いで、あっ、とリヴリーは彼の体に手を伸ばす。すると医者がすかさず彼を受け止めたが、リヴリーは二人の間に挟まれる形となった。 「おや、雅。相当無理したね?」 「……るせェ」 「いやぁ、かっこよかったよ、リヴ嬢を抱き上げるなんて。そんな腕力、どこから湧いて出たんだい?」 「……テメェ後でブン殴る」 「はいはい、後でね」 そんな二人のやり取りを耳にしながら、リヴリーは彼の服を掴む。喉の奥が干上がるような感覚を覚えた。鼻の奥がつんとした。目の奥が熱くなった。 鼻を啜る音がして、医者と彼は顔を見合わせた。そして二人は小さく笑い合い、小さな少女の体を包み込むように抱き締めた。 [ back to top ] |