novel | ナノ
「なんでなのよ!」

国民的アイドルユニット、ユートピアのライブは無事に成功し、現在の武道館は業者による所謂バラシ作業が行われている。そのバラシ作業の傍ら、声を荒らげる女性が一人。

「何故誰も暴走していないの…能力者同士の衝突は、暴走を生み出し、そして、やっと楽譜が手に入ると思ったのに、」

「ベルキス様」

ふと、彼女のそばに舞い降りる黒い影。彼女はそれを一瞥し、舌打ちした。

「潰し合いは失敗だわ、ローズローザ」

「でしょうね。やはりなかなか無理があったのでは?」

「……神見愛者が、自分の力を使いこなしているものね…」

自分の力に溺れていないのよ。そう言って黒い影をもう一度見るが、影はそこにいなかった。彼女は溜息をつき、首を巡らせ辺りを見渡した。

「…鐘撞さん!」

そして、自分の仮初めの名前を呼ぶ声。彼女はその顔に笑みを貼り付けて、踵を返して声に応じた。



「"見捨てられた者達"の制圧、完了しました」

最奥の部屋に辿り着いた組織の面子が揃っているのを確認し、さくらは着物の襟元から小型マイクを取り出してそう告げた。『ご苦労様』と全員の左耳のイヤホンから声が聞こえ、この戦いが収束したことをようやく実感した。

「……薔子」

和舞に後ろ手に拘束された希望は、百合に包まれた亡骸の前に膝をつく薔薇戦争の後ろ姿を見つめて口を開く。

「三十二代荊華院、美桜は、自身が生み出した彼岸百合を明日夢と共に埋葬したそうです。彼岸百合と共に葬られた死体は、甦る。…そんな話が、当時はあったそうですよ」

薔薇戦争は肩をびくつかせ、振り返る。その目は、傲慢ささえ孕んだ強気な色をしていた。

「……そんな記述、荊華院の歴史には、残っていなかったわ…」

しかし希望はその空色を細めた。薔薇戦争を見透かそうとするかのように。

「そちらはそうかもしれませんが、俺は現に殺された張本人からそう聞きました。…それともあなたは…死人に口無し、とでも言いますか?さっきまで動いて、確かに生きていた彼の言葉を」

「お前さっきからうるせぇぞ!」

淡々と述べる希望に掴みかかる流沙。しかし、希望の表情は揺らがない。

「そうだよ、ボス。なんでこいつら殺さねぇんだよ、俺らの邪魔して、薔薇に酷いことして、」

「そうだね、流人」

服の襟に口を寄せて怒鳴りつける流沙だが、ふと彼の言葉を阻む声がした。

「兄貴!?」

その場にいる全員が向けた視線の先。そこにいたのは、組織の本拠地である白いビルで待っているはずのボス、風紋だった。

「…兄貴」

流沙はなんとか平静を装おうとするが、語気は少し荒い。そんな彼の頭に手を置き、風紋は微笑んだ。

「流人の言う通りだ。彼らが我らに行なってきた行為は許されざるもの」

「…だったら、」

「和舞」

口答えをしようとする弟に重ねるように、希望を捕らえた和舞を呼ぶ風紋。

「はいよ」

和舞はにやりと笑む。その笑みは慈悲も何もない女王蜂の笑み。彼の手には、短刀。希望の首にぴたりと刃先を添える。希望が目を見開いた瞬間に和舞は短刀を振り上げ、希望が振り返ろうとした瞬間に…ざく、と音がした。

「…………え、」

「…………え?」

息にも近い声が漏れた。声の主は、流沙だった。そして、希望だった。…希望の首は、繋がっていた。彼の足元に、黒い塊が落ちた。

「けじめ、つけさせてやんよん」

肩から流れていた黒い髪の房が落ち、希望の髪は、不揃いな長さになって肩の上で揺れていた。

「そういうことだよ、流人」

「…ど、どういうことだよ、兄貴!」

風紋は相変わらず微笑んだまま、流沙の頭から手を離す。そして希望の方まで歩み寄り、彼に手を差し出した。希望は目を見開き、風紋の手を見下ろす。

「君達は己を見捨てられた者と名乗っていたね」

…「あなた方は己を神に愛された者などという。ならば俺達は何なんでしょうねぇ」…最初の襲撃で希望が吐き捨てた言葉を流沙は思い出す。対する希望は風紋の手を見下ろしたまま、目を伏せた。

「ならば、君達が愛されるチャンスを与えよう」

風紋の言葉に、希望は顔を上げる。それ以上、風紋は何も言わなかった。希望は瞠目したまま振り返る。「…希望」青葉は薄く笑って眉根を下げた。「希望」汐風はにっと笑ってひらりと手を振った。そして希望はもう一度風紋を見て…彼の手を取った。

「やり直させて、ください」

風紋の手が希望の手を握る。希望は目に涙を浮かべてはにかみ、風紋の手を握り返した。







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