「あの時の死にたがりな女王蜂さんですよね?」 希望は刀で針をいなしながら、それでも余裕の笑みで問う。 「覚えてもらえてて光栄だよ、ノゾミ!」 和舞は針で刀をいなしながら、それでも余裕の笑みで問う。 「じっくりじわじわ苦しんで死ねるように仕留めてあげたのに、何故まだ生きているんです?」 「おれを拾ってくれたお医者サマが超絶優秀だったからかな!」 金属音に混じる、何気ない話し声。互いに傷一つつかぬまま、二人は距離を取って動きを止めた。 「…あんなに死にたがっていたのに、まだ生きていたんですね」 「………、まぁね」 希望の質問への問いに、しばしの間があった。和舞の笑みは消えていない。しかし、それはどこか勝ち誇ったような、自信に満ちた笑みだった。 「……逆に聞くけどさぁ、」 和舞が口を開いた瞬間、希望が距離を詰めて刀を振り上げる。すぐさま対応し、和舞は針でその一撃を防ぐ。ぎぃん、と耳障りな音。希望の笑みは消えていない。しかし、ひくりと唇の端が動いたのを和舞は見逃さなかった。 「あんたさぁ、」 針を持つ腕をそのままに、和舞は身を屈めて希望の体を蹴り上げ…ようとしたが、かわされ、希望の着物の袖がふわりとはためいただけだった。再び距離を取られるが、和舞は針の切っ先を希望に向け、その涼やかな顔から笑みを消した。 「あんたなんでそんなに死にたそうにしてんの?」 希望の肩が微かに揺らいだ。しかし、その顔から笑みは消えない。 「…何を根拠にそんな戯言を、」 「いやだってあんたさぁ、おれを半殺しにした時、チート級に能力使いまくってたじゃん、本気でおれを殺そうとしてたじゃん」 けどね、と針を持つ腕を下ろし、手の中で針をくるくると回す。そして、今度は切っ先の反対側で希望を指した。 「今のあんたには殺気がないし、何より隙だらけ。自分からおれの針に当たりに来ようとしてる」 まるで、昔のおれみたいだ。 その言葉を皮切りにしたかのように、希望が床を蹴って和舞に斬りかかる。しかしそれを難なくかわし、和舞は針を希望の手首に突き刺す。小さい苦悶の悲鳴と共に、刀が床に落ちる音がした。 「そして、どちらかといえば今のおれは昔のあんたみたいだ。そうだろ?」 そのまま針を引き抜く勢いで希望の腕を捻り上げ、両腕を拘束する。拘束具の代わりのように、両手首を一本の針が貫いていた。和舞は希望に足をかけて後ろから押し倒し、彼の体の上に馬乗りになる。 「で、おれ分かっちゃったの。おれとあんた、何が変わってしまったのか」 肩越しに希望が和舞を睨む。和舞はそれを物ともせず、希望の口に白い布で猿轡を噛ませた。 「昔のおれは、ただひたすら死にたかった。けどね、今のおれは死ねないんだ。…守らなきゃならない約束がたくさん残ってるからね」 今度家族ぐるみでハロウィンパーティーするでしょ、もう超楽しみだし、その後はクリスマスでしょ、お正月に、あーバレンタインとか超期待、それからお花見、夏祭りとかかなぁ!和舞の楽しそうな声が部屋中に響く。猿轡の為に希望は何も言えないが、その目に宿るのは苛立ちだった。和舞はその色に気付き、彼にずいと顔を近付けて微笑む。そして、と形の良い唇が動く。 「昔のあんたは、妹を守る為に生きてた。けど今のあんたは、妹に逃げられ、何もない。だから死にたい。そうだろ?」 希望が動いた。大きく振りかぶり、後頭部で和舞に頭突きをする。少し和舞の意識が逸れたのを見計らい、希望は彼の下から逃れた。肉が千切れるのも構わず、右手を針から抜き、落ちた刀を拾い上げる。そのまま和舞の方に向き直り、刀の刃先を…己の首元に突きつけた。 「…やはり、誰かに殺してもらうというのは他力本願ですね」 彼は笑っていた。死をも恐れぬ笑みだった。 「自分で死ぬのが一番手っ取り早い」 希望が刀を強く握る。和舞は僅かに瞠目しているものの、その場から動かなかった。希望は笑みを深め、刀を己の喉に突き刺そうとして……突き刺さない。 「…………え……?」 刀を持つ手は、喉を貫きたがっていた。しかし、動かない。まるで見えない手に阻止されているかのように、彼の手の自由が利かない。手と見えない力が拮抗するように刀がかたかたと震えている。 「死なせねぇよ」 和舞の声。はっと希望がそちらを見れば、和舞の手には携帯が握られていた。何かが画面に映されている。 『きっと今、苦しんでる人っていっぱいいると思うんだよね』 それがテレビであることは分かった。そして、それが何かの集会のようなものであること、誰かが語りかけていることも分かった。 「今日、国民的アイドルユニットユートピアのライブ千秋楽なの。それを記念して、全国ネットで生中継」 和舞が言う。画面の中で、茶髪の青年が話している。 『例えば…何かをなくしちゃって、苦しくてつらい人。死にたいって人もいるかもしれないね。でも、考えて欲しいんだ。何も変わらないものって、存在するのかなぁって』 青年の声は優しく、あたたかい。 『変わっていくからこその人生なんじゃないかなぁって。まぁ、たかが19年生きただけの男が言うのもあれだけど。…でも、君達の周りが何も変わらずに何十年もずっと同じって、それって幸せなことなのかな?…なんて』 偉そうなこと言ってごめんね。と画面の中の男は続ける。 『とにかく、俺は願ってます。俺の言葉を聞いてくれた全ての人が、幸せになりますようにって』 希望が膝からくずおれる。和舞はくすりとひとつ小さく笑い、携帯のテレビを切った。 [ back to top ] |