novel | ナノ
「天国!」

やることもないので施設内をふらふらしていたら、ふと薔薇戦争に呼び止められた。……あれ、珍しい、流沙がいない。仲が悪いと言っても、何だかんだでずっと一緒にいるのに……なんて口が裂けても言えない。

「どうした?」

「ちょっと来なさい」

人が用事を尋ねてるっつーのにこいつは俺の腕を掴んでつかつかと歩き始めた。



そしてエレベーターに乗り込み、移動する。相変わらず上に向かってんのか下に向かってんのか分からない。薔薇戦争いわく「下よ」とのこと。

「何?外出んの?」

「いいから黙ってて」

なんでこの女はこんなにつっけんどんしてんだ。確かに俺は新参者だけど、あんたよりは年上だぜ?……なんて、言えない。薔薇戦争は、なんか怖い。

「着いたわ」

ごうん、という低い音と共にエレベーターの扉が開く。……あれ、俺ここ初めて来たかも。
そこは図書館のようだった。見上げるほどの高さがある木製の書棚がどこまでも部屋の奥の奥まで続いている。光は天井に等間隔で吊るされたガス灯しかない。…多分、ここは地下だ。なぜかそんな確信があった。

「…お、薔薇嬢!いらっしゃーい」

ふと、のうのうとした声がした。でも、どこからか分からん……辺りを見回しても何も無い。…すると、今度は紅茶の香りが。

「あンれ、新入りも一緒かよ…。ま、いいや、薔薇嬢、お茶、一杯いかが?」

「後で頂くわ」

薔薇戦争が声をかけた方に視線を向ければ、……いた。奥にあるソファに人影。そちらに向かう薔薇戦争について行けば、徐々にその姿が鮮明になる。
赤茶色の髪をした、目つきの悪い男だった。俺よりも年上、ボスと同じくらい…かな。ソファに座って脚を組む姿は優雅なんだけど、着崩れた茶色のジャケットが全てを台無しにしている。勿体無い。

「……えーと、どちらさまで」

「あら、天国はここに来るのは初めてかしら」

残念ながらその通りです。

「彼は外崎雅。この地下図書資料室の室長よ。…室長というより、住人かしら」

「どーも、ミヤビです。よろしくな天国君。…くが二回続いて気持ち悪いからてんご君って呼ぶわ」

あぁ、そりゃどうも、呼びやすいように呼んでください。変な呼ばれ方をするのはもう慣れた。哀しきかな。
にしてもここ、資料室なのか。…まさかこれ、全部資料ってこと?

「で?今日のご用件は」

「シャコンヌSの資料を貸して頂戴」

どうやら薔薇戦争はミヤビさんに資料を借りにきたらしい。…ならばなぜ流沙ではなく俺を連れてきたのだ。…なんて訊けない。

「H棚2段3列目のコバルトブルーのファイル」

「ですって」

「は?」

待て、薔薇戦争。なんだその目は、俺に取って来いと…?…はいはい分かりましたよ静かに抜刀しようとすんなよ!取ってきますから!
幸い、H棚はミヤビさんの座るソファのそばにあって。2段3列目……あ、あった、これ……あれ、何これ、全部青いファイルなんだけど、あれ?よく見たらいろんな青があって、それぞれ微妙に違うんだけど、コバルトブルー?がどれか分からない。

「あ、あの、ミヤビさん、ファイルどれっすか……」

「えっ」

「えっ」って何?!「お前そんなことも分かんねェの?」みたいな響きが伴ってた気がするんですけど!すみません俺には青の違いが分かりません!

「…確か背に2011って書いてるはずだけど」

「……………え、あ、」

2011……あった。…成る程、これがコバルトブルー。覚えておこう。…多分、すぐ忘れるだろうけど。
そんなことを考えながら、薔薇戦争にファイルを手渡す。薔薇戦争は「ありがと」と一言言ってから、ミヤビさんの方に向いた。

「ありがとう、ミヤビ。助かるわ」

「薔薇嬢のご用命ともあれば」

……なんか、主従みたいだな。ミヤビさんの恭しさがちょっとクサイ気がするけど……言わないでおこう。

「薔薇嬢、シャコンヌSを探しに?」

「えぇ、天国が見つかったから」

…どうやらその《シャコンヌS》ってのに俺が絡んでるらしい。全く話が読めないけど。

「ライヴリー・アヴェニュー、天国の島、シャコンヌS、南風のマーチ、薔薇戦争より戦場にて。早く全部揃ったらいいのにな」

ミヤビさんの言葉の羅列が意味分からん。…多分、薔薇戦争は聞いても教えてくれないだろうから、後でミヤビさんにゆっくり話を聞こう。…でもなんか俺、風当たり悪いよな、…教えてくれるかな…。

「で、薔薇嬢。俺とお茶しない?」

「えぇ、喜んで。……あぁ、天国、ありがとう、もう帰っていいわよ」

……マジかよ。…俺、ぱしられただけじゃね?……本当、俺の立場ねぇよなぁ。
はぁ、早く一人前になって薔薇戦争をぎゃふんと言わせなきゃなぁ。
…にしても、ミヤビさん、まさかこの部屋の資料やら本やら全部覚えてるのかな…すげぇな。
…けど、もしそうだとすれば、ミヤビさんは神に愛された者達の組織の知識を管理しているということになって。
それってつまり、神の知識を管理する……神の司書と呼んでも過言ではないんじゃないだろうか。









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