"星月夜の森"。その湖の淵に膝をつく彼女がいた。 「ローレンスレキシィ」 名を呼べば、彼女が振り返る。涙に濡れた目が、ローズローザを見る。 ローズローザは無表情のまま、ローレンの元まで歩み寄った。 「何してんの」 「…し…仕事だよ」 あっそ、とぼやくように言いながら、ローズローザは彼女の隣に腰掛ける。びくりと彼女が反応を露わにしたが、いつものことなので気にしない。 「……あの、ろ、ローズローザ」 「何」 「…なんで、何もしないの…?」 そこでローズローザはローレンの方を見た。彼女は顔を真っ赤にして俯き、唇を噛んでいた。そんな彼女を見てローズローザは溜息をつき、彼女の肩を抱いて優しく押し倒した。 「何かしてほしいのかよ」 彼女の頬をするりと撫でてやれば、ぎゅっと固く目を瞑り、かたかたと震え出す。ローズローザはまた溜息をつき、体を離そうとした。その時。 「……して」 耳を疑った。小刻みに震える声が、明確にローズローザの耳に届いた。ローレンは薄眼を開けてローズローザを見ていた。くっと歯噛みし、ローズローザはローレンの腕を引いて起き上がらせる。 「っなんだよ、なに勝手に期待してんだよ、するわけねぇだろ!お前の様子を見に来てやっただけだよバカ!」 じゃあな、とローレンに背中を向け、歩き出す。なんだ、いつもと変わらない。そうぼんやりと考える。 「わたしね、ローズローザのこと、嫌いじゃなかったよ」 そして聞こえた声に、一瞬だけ足を止めた。 「ひどいこといっぱいされたけど、それでも、わたし、あなたのこと、嫌いじゃなかった」 …そうかよ、と口の中だけで呟き、ローズローザは歩き出す。思わずにやけそうになるのを抑え、しかし何故自分が笑いそうになっているのか分からなくて、それでも歩みを進めて、 「さよなら」 風に乗って聞こえたか細い声に、ローズローザは今度こそ確実に足を止めた。目を見開き、振り返る。彼女はまだそこにいた。ローズローザは駆け出し、彼女の目の前に滑り込んで肩を掴む。 「なに、お前」 ローレンは顔を背け、口を閉ざしたまま。ローズローザが肩を揺すれば、首を横に振った。しかし、その目から涙が溢れ落ちるのを見逃さなかった。 「お前、今までそんなこと言ったことねぇだろ、なんだよ、今更」 明らかに彼女の様子がおかしい。そうだ、そういえば最初からそうだ。今まで受け入れる姿勢を見せてはいたが、自ら望んだのは今回が初めてだ。ローズローザへの憎しみがあってもおかしくない彼女が全てを赦すようなことも言った。それは、そう、まるで最後に望みも願いも祈りも思いも何もかも全てを昇華させるような。 「お前、死ぬの?」 ローズローザの問いに、ローレンは堰を切ったように嗚咽を漏らした。 「うっ…だって、だってぇ…っく…命令だもん、仕方ないじゃない…!」 それはつまり、これから死のうとしていることを肯定していた。それも、彼女の意志ではないことを。 ローズローザは眉間に皺を寄せ、彼女の顔を覗き込んだ。 「命令だから死ぬのかよ」 ローズローザの射抜くような視線から逃れるようにローレンは顔を逸らす。しかしローズローザは、彼女の涙で濡れた頬を包み、無理矢理目線を合わせた。彼女は何も言わない。 「お前はどうしたいんだよ!」 いきなりの怒号に、ローレンは肩を激しく揺らした。 「俺は自分の好きなようにいろんなことをやった。お前を襲ったのも俺の意志だ!こうしてお前に本音を聞いてるのも、俺の意志だ!お前は、お前の意志は、どうなんだ!」 ローレンの目から涙が溢れた。ローズローザは手が濡れることも気にせず、ローレンの目を見つめる。怒っているような語調でも、その赤い目は今までにない優しい色をしていた。 「…………い、よ…」 わななく唇が動く。 「死にたくない……しにたくないよぉ…!」 彼女の生存願望。それを聞き届け、ローズローザは表情を緩めた。 「…いいか、よく聞け。今から言うことは、俺の意志だ」 頬から手を滑らせ、肩に置く。ローレンは拳で涙を拭い、腫らした目でローズローザを見た。 「お前、どうしようもなく無能だから、俺がずっとそばにいてやる。お前を無能と呼んでいいのは、俺だけだ」 ローレンは瞠目した。涙が止まるが、しばらくしてじわじわと目が潤む。声にならない音にも近い声が彼女の口から漏れる。彼女の手がローズローザの前で彷徨う。その手を掴み、彼は自分の方に引いた。ローレンの体がローズローザの方に倒れ込む。彼の服の裾を掴み、ローレンが泣きじゃくる。そんな彼女の背中に腕を回し、ローズローザは微笑んだ。 「お前は俺と一緒に生きればいい、俺だけの無能なローレン」 [ back to top ] |