novel | ナノ
「…バッカじゃねぇの…」

ローズローザは公園のブランコに腰掛け、小さく吼える。少し冷える夜だった。欠けた月と星だけが、空に輝いていた。
"星月夜の森"で初めて受け身の態勢をとった彼女。あれから毎日彼女のいる場所を感じては会いに行っているが、彼女にはやはりもう抵抗の意志がない。そんな彼女の潤む青い目を見ると、何をする気にもなれなかった。それどころか、今まで自分がしてきたことを恥じるようにすらなってしまった気がする。

「……あいつはただの、性欲処理の道具だろ…あんな無能女…」

口に出してから、ローズローザは頭を抱える。俺は彼女のことをそんな風に思っていたのか、と改めて認識したからだ。今になって、途轍もなく申し訳なく感じた。…そんなバカな。俺があいつに申し訳ないなんて、そんな。
その時。キィ、と隣のブランコの鎖が軋む音がした。

「恋煩いですね?」

はっと顔を上げれば、見慣れない男が座っていた。白い髪に青い目、どこかしら彼女を彷彿とさせる色を持つ彼の肌は病的に白い。"流沙"か、と思ったが、耳は尖って、異常に発達した犬歯が見えた。それが示すのは、彼は"流沙"ではなく、ローズローザと同じ人間でないということだった。
ローズローザは冷静を装い、横目に白い男を見る。

「……なんだよ、いきなり」

「いえいえ。たまたま通りすがったところ、久しぶりに人でないものの気配がしまして。来てみれば、あなたがいたわけで」

「……あぁそう。やっぱりあんたも化物か」

そうですね、と彼は笑う。その笑みが妙に胡散臭くて、ローズローザは舌打ちしそうになったが何とか堪えた。

「…で、何。恋煩いっつった?」

「えぇ。女性のことで悩んでいるんでしょう?」

「……んなことねぇよ」

吐き捨てるように言う。ふと脳裏に、まるで逃げているようだ、という思いがよぎった。その瞬間、隣にいた白い男がローズローザの正面に立つ。

「自分の置かれた状況を理解しなさい。素直になりなさい。思いやりなさい。でないと、後悔しますよ」

「…………は…?」

青い目は強く光っていた。その色はやはり彼女と同じで、そして彼の言葉を少しずつ噛み砕いていくと、胸に刺さって。
しかし白い彼はすぐに微笑んで、隣のブランコに座り直す。

「ごめんなさいね。なんだか今のあなたを見ていると、昔の僕を思い出して……って、あら」

彼が隣のブランコを見れば、ローズローザはそこにはいなかった。主を失ったブランコが、きぃきぃと音を立てて揺れている。
そのブランコを見つめていると、はっと彼は顔を上げた。しばらく虚空を見つめ、そして笑みを零す。

「…はい、……はい、えぇ、分かりました。申し訳ありません、お嬢様。直ちに戻ります」






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