novel | ナノ
「喜べ流人。遂にお前の三位一体の最後の一端を迎えたよ」

喜ばしい報告という名の『新たな仲間を迎えに行け』という命令に従い、流沙は組織の正装を整えて組織のビルのエントランスに備え付けられたソファに座っていた。隣には同じく正装の薔薇戦争もいる。

「…"勇者のマズルカ"、だったかしら」

「おう。俺の三位一体は、俺と明日夢さんとそいつらしい。…明日夢さんは、もういないけど」

傷口から百合の花を散らしながら息絶えた青年を思い出し、薔薇戦争は目を伏せる。そして流沙の服の裾をきゅっと握った。流沙も眉根を下げ、薔薇戦争を抱き寄せる。…その時、ビルの入り口の自動ドアが開く音がした。
二人が視線をやると、一人の青年がこちらに向かってくる。長い横髪を風に揺らしているが、髪が一房飛び出ている。その目は銀色で、どこかしらあの天国の島を彷彿とさせた。何より二人が目を疑ったのは、彼の首筋。太めの黒いチョーカーをしているが、その下に青黒い痣があった。
ボスから聞いていた容姿と合致したのを確認し、薔薇戦争は立ち上がって彼に近寄る。その後をつくように流沙も彼の方へ向かう。彼は薔薇戦争の姿を見つけ、……にやりと笑った。

「あなたが"マズルカ"ね?」

薔薇戦争が緩やかな笑みを浮かべて彼に手を差し出す。すると彼はその手を…正確には手首を掴み、薔薇戦争に足をかけた。背後から倒れる薔薇戦争の腰に手を回し、床の上に押し倒す。

「すんごい美人。やばいたまんない、ねぇオレとお茶しよ?そんでからその後は是非ホテうぐぇっふ」

彼の言葉が異様な音とも取れる声で止まる。薔薇戦争が彼の腹部に膝を食い込ませていた。彼が少し後ずさったところで顔面にブーツのヒールをお見舞いし、薔薇戦争は起き上がる。

「……"マズルカ"は廃棄処分でいいかしら」

「待て早まるな薔薇」

ゆらりと抜刀する薔薇戦争を抑え、流沙は仰向けに倒れた彼を見る。ヒールが食い込んだ頬を赤く腫らし、若干涙目な彼に少しは同情した。しかし流沙の薔薇戦争に手を出そうとしたのは解せない。後で一発殴っておこう。そう心に誓い、流沙は彼に手を伸ばす。彼はその手を掴み、勢いよく起き上がった。

「いやぁごめんごめん。あまりに美人だったもんで、つい」

「つい、じゃねぇよ……薔薇をあんまり怒らせないでやってくれ頼むから」

俺も正直怒ってるから、という言葉を飲み下し、流沙はフードを脱ぐ。露わになった白髪に、彼の口から感嘆の声が漏れる。

「俺は"流沙"の風川流人。よろしく、"勇者のマズルカ"」

あぁよろしく、と彼は流沙を見て、次いで薔薇戦争に視線を移す。彼女も帽子を脱ぎ、胸の前に掲げて優雅に一礼した。

「"薔薇戦争"の、荊華院薔子よ」

薔薇戦争が名乗ると、応答が返ってこなかった。訝しんだ彼女が彼の方を見ると、彼は薔薇戦争を見つめたまま目を見開いていた。その唇は震え、呼吸が荒い。「……マズルカ?」薔薇戦争が手を伸ばすと、彼はその手を振り払った。自身の行為に彼は青ざめ、薔薇戦争から一歩引く。

「わ、悪い、そ、そうか、あんた、荊華院なんだな。は、はは、オッケ了解、うん、オッケオッケ」

彼は首元を押さえながら深呼吸をし、息を整える。そしてひとつ大きな息をつき、薔薇戦争と流沙に両手を差し出した。

「オレは"勇者のマズルカ"の勇光(いさむ ひかり)。ひかりでいいよ、よろしくね、流人、薔子」

彼の名乗りを聞いて、瞠目するのは今度は薔薇戦争の番だった。それを知ってか知らずか、彼…ひかりは「ねぇ流人、ボスに会わせてよ」と彼の手を引いてどこかに行ってしまう。二人の後ろ姿を見つめながら、薔薇戦争は目を伏せた。

「………勇……」

彼女の脳裏に、感情の消えた母の顔が浮かんだ。







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