novel | ナノ
朝と昼と夜のことなど分からない。そんなものは、遠い昔に忘れてしまった。しかし、体が睡眠を求めているので、李希はベッドの上で体を横にする。そういえば、いつも世話をしてくれる彼がシーツを替えてくれるのを見た。いつもより柔らかくて肌触りも良い。口の端が上がってしまうのを我慢せず、李希はそのまま目を閉じようとした。

「希望の空」

その時、ふと、耳にか細い声が届いた。閉じかけた瞼を押し上げ、体を起こす。すると、ベッドのそばに白が佇んでいるのを見た。

「……希望の空、だよ、ね…?」

白が口を開く。純真無垢な雰囲気を醸し出す白髪と透き通るような白い肌、その目は深い青だが、左目は眼帯で閉ざされていた。彼女は目尻を伏せながら李希に問うが、李希は首を横に振った。

「希望の空は、俺の兄さんですよ…?」

「あっ、あの、分かってるんだよ、分かってるんだけどね、けど、希望の空はその、二人で一つだから、つまりあの、あなたも希望の空だよね、っていう…」

語尾が徐々に小さくなっていく。俯く白の彼女。その顔は赤く、青い目は潤んでいる。李希が顔を覗き込むと、さらに赤みを増した気がした。

「…あなたは、新しいお手伝いさんですか?」

「ち、違うの、わたし、わたしはね、あなたを連れ出しに来たんだよ」

「…俺を?」

白は李希の手を取り、わななく唇で言った。連れ出す、と言われ、李希は首を傾げる。

「……俺は、」

「だめなの。希望の空は…あなたのお兄さんは、危険すぎるの。それに、あなたは頑張りすぎた。もう、自由になってもいいんだよ」

じゆう、と李希は繰り返す。白い彼女は李希を立たせ、腕を引いて扉を目指す。

「ストップ」

すると背後から声がして、白の手が李希から離れた。李希が振り返ると、そこにいたのは自分の世話をしてくれる彼だった。

「どちら様、かな」

彼は李希の肩を抱き、体を引き寄せる。白い彼女は窓際に移動し、彼を見ている。その目に宿るのは、恐怖にも近かった。

「…わたしは、」

「李希ちゃんの味方?」

彼の問い。白は頷く。彼の意識が一瞬緩む。その隙に、彼女は窓を開け放った。

「わたしは、青薔薇。希望の空を、解放したいだけなの」

そしてそのまま体を投げ出し、彼女は姿を消した。
李希は彼に擦り寄り、開けっ放しの窓を見つめている。「良かったね李希ちゃん。友達増えるかもよ」と彼が髪を撫でてくれる。李希は彼を見上げ、首を傾げた。

「対月……じゆう、って何ですか」

「…自由?」

「さっきあの人が言ったんです。俺はもうじゆうになっていいんだって」

自由、と彼が口の中で繰り返す。そして、彼は李希に穏やかな笑みを向けた。

「自由っていうのはね、李希ちゃん。誰にも何ものにも縛られず、自分のしたいように生きることだよ」

「……自分の、したいように…」

李希は彼の服を握り、俯く。頭に置かれた手の温もりが優しくて、目の奥が熱くなって。

「…自由に、なりたい」

声が震える。我慢しようとすれば、鼻の奥が痛む。熱いものが瞼の裏から溢れる。堪える為に上を向いた。彼と目が合った。

「俺は、自由になりたいです……っ」

濡れた頬を包んでくれる優しい手。その手が離れ、背中に回され、抱き締められる。李希も真似るように、彼に縋りつくように、彼の背中に腕を回した。



その日の、翌朝。
街田青葉は秘密の部屋に閉じ込められていた彼女と、その世話役の男がいなくなっていることに気付いた。そのことをリーダーに報告すれば、彼は目を伏せるだけ。

「…もう終い、ですね」

リーダーの言葉に宿る悲哀の色。彼にも人間らしい感情があったのかという驚きもさながら、青葉は胸の中に安堵が満ちていくのを感じた。
……幸せになるのよ、李希。



そして、さらにその三日後。
彼ら"見捨てられた者達"は、"神に愛された者達"の報復を受けることとなる。







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