novel | ナノ
ボスの作戦決行の合図を待ちながら、彼らはあの建物の前に立つ。それぞれの左耳に装着された小型のイヤホンから、「作戦を開始する」という声が聞こえた瞬間……彼らは宣戦を布告した。

「んじゃ、雑魚はボクらに任せてネ」

「我々のことはお気になさらず」

数え切れないほど多くの黒ずくめの男達が行く手を阻むが、サラバンドとさくらが立ち塞がる。

「早く終わらせてたっくんのライブに遅れてでも参戦したい」

「…ここ、暗いので。ボクの得意分野」

二人に並ぶように、斎、エスも前に立つ。この場は彼らに任せ、薔薇戦争、流沙、じゅげむ、そして和舞は駆け出した。

「……てーか作戦会議の時から思ってたんだけどさ、」

「どうかしたの、流沙」

先頭を走る薔薇戦争のすぐ後をついて走りながら、流沙が口を開く。そして彼はちらりと後方の和舞に目をやり、もう一度すぐ薔薇戦争を見た。

「なんで和舞がいるわけ?あいつ、基本的には裏方だろ…」

「今回の場合、少しでも戦力は多い方がいいわ。それに、和舞本人が今回の作戦の参加を希望したのよ」

和舞が?そう聞き返そうとした時、薔薇戦争が急に立ち止まった。突然のことだったので、流沙は思わず薔薇戦争にぶつかり、彼女を抱き締めるような形になってしまう。じゅげむに冷ややかな視線を向けられた気がしたが、目の前に現れた人物の姿を見て、それどころではなくなった。

「目は治りましたか?薔子」

刀を携え、艶やかな黒髪を一つに束ねて肩から流し、全てを見透かすような空色の目をすうと細めた、美しい男。

「……希望の空」

こてんと首を傾げる彼、希望の口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。

「は、まさかリーダーのお前が誰よりも先に出てきてくれるなんてな!」

流沙とじゅげむが身構えるが、薔薇戦争はどこか違和感を感じた。…待って、二人とも。臨戦態勢に入る二人を止めようと声を上げかけた薔薇戦争を止めるように、和舞が希望の目の前に躍り出る。

「たんま」

彼は希望に針を突きつけ、にやにやと笑う。

「こいつはおれに任せて、みんなは行って」

「…和舞、彼は、」

「わーってるよ、薔薇嬢。いいからさっさと行った行った。ちゃんと命令は守るし」

薔薇戦争は唾を飲みしばらく悩んでいるようだったが、やがて頷き、走り出す。希望は特に追うような素振りも見せず、ただ微笑んだまま和舞を見ていた。和舞は針に舌を這わせ、凍えるような笑みを見せる。

「久しぶりだね、ノゾミ」



駆ける。最後尾を走っていたじゅげむは、突然立ち止まった。薔薇戦争と流沙も立ち止まって振り返る。じゅげむは辺りを見回し、眉を顰めた。

「薔薇戦争、流沙。先に行け」

「……え?」

「いる。…我に任せよ」

般若の仮面は、こちらに背を向けた。薔薇戦争と流沙は顔を見合わせて頷き合い、その場をじゅげむに託す。じゅげむは薄く口角を吊り上げ…すぐに表情を消した。

「いるのだろう。出てこい」

じゅげむの抑揚のない声がこだまする。間も無くして、足音が聞こえた。そちらに視線を向ける。誰かが歩いてくる。

「御幸ちゃん」

暗い空間に唐突に響いた声、そしてはっきりと姿を現したそれに、じゅげむの顔は驚愕の色に彩られた。



「…ねぇ、流沙」

「…どうした?薔薇」

階段を駆け上がり、最上階の廊下をひた走る。不意に薔薇戦争が流沙を呼んだが、何か言いにくそうに唇を噛んでいる。流沙は彼女の手を掴んで立ち止まり、俯く彼女の顔を覗き込んだ。

「……あのね、流沙、わたくし、」

「わぁ!流沙と薔薇戦争だ!」

また新たな声。二人が向けた視線の先には、白衣を着てモノクルをした男が立っていた。その水色の目を輝かせながら、彼は…汐風は二人を見つめ、ゆっくりと二人に近づいてくる。

「あぁ、申し遅れましたけど、僕は汐風。いや、僕は戦いたくないんですよ?少しお話をしましょう?」

薔薇戦争の手を掴み、食い気味ににじり寄る汐風。その手を流沙ははたき落とし、二人の間に割って入った。

「行け、薔薇」

「………え…?」

「…お前は、"夢の明日"に会わなきゃならない。そうだろ?」

夢の明日。その言葉に、薔薇戦争の薔薇の花のような紅の瞳が綻ぶように揺らいだ…どうしてそれを、と問うているように。その花を、猛毒を秘めた青紫の瞳でまっすぐに見て、流沙は微笑む。

「ばーか。俺には分かんだよ」

だから、行け。
愛しい人の言葉に背中を押され、薔薇戦争はその場を後にする。彼女の後ろ姿を見送る流沙の視線は優しかった。が、体を動かして汐風と向き合った時、優しさなど微塵もなかった。

「そんな怖い顔しないでくださいよ。お話は、君にも関係のあることなんだから」

毒を向けられても、汐風は変わらず笑っている。流沙は舌打ちし、フードをさらに目深に被った。







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