novel | ナノ
「作戦決行は、三日後だ。それまでは各々、自分のしたいようにすればいい」

総合芸術家の芸術的とも言える作戦の要項と共に、我らがボスはそう告げた。故に彼女は、実家の屋敷に戻ってきている。

「また何か大きなことをするのですね、薔子、流の子」

薔薇戦争の母、桐乃はソファに並んで座る二人の目の前のテーブルに紅茶を置き、二人を交互に見やる。カップを手に取り紅茶に口を付けながら、薔薇戦争は頷く。流沙も申し訳なさそうに桐乃を見上げ、すぐに目を伏せた。

「……戦争ですか」

「そんな大それたものじゃないわ」

「…ならば、良いのです」

桐乃はソファの後ろに回り込み、二人の肩に腕を回して頭を引き寄せる。

「薔子。流の子。生きて帰ってくるのですよ」

はい、と流沙は少し頬を赤らめて言う。薔薇戦争はばつが悪そうに少し目を逸らし、「…死にはしないわ、わたくしだもの」とぼやくように呟いた。桐乃は二人の髪をひとしきり撫で、体を離す。

「…お母様」

「鍵ならキューズが持っています」

桐乃の一言で、薔薇戦争の傍らに白い影が現れる。流沙とよく似たそれは普通の人間にはあり得ないような尖った牙を見せて微笑み、薔薇戦争に鍵を差し出した。

「…言わなくても分かるのね」

「私はあなたの母ですよ」

白が白髪を耳にかけると、尖った耳が垣間見えた。それを横目に薔薇戦争は鍵を握り締め、ソファから立ち上がる。

「皆、あなたの顔を見るのを楽しみにしていることでしょう」

桐乃の言葉を聞いていたかはわからない。そのまま薔薇戦争は広間を出て行った。彼女が出て行った扉をしばし見つめ、流沙は桐乃の方を見た。

「……お義母さん、薔薇……薔子はどこに…?」

「…あなた、父と一緒に入ったことがあるのでは?」

桐乃の父、つまり薔薇戦争の祖父。流沙は顎に手を当てて過去を振り返っていると、ひとつ思い当たる節があった。

「……荊華院の歴代当主と、その番いの墓碑銘の部屋…?」

「その通りです」

「…何をしに…」

「さぁ」

相変わらず何を考えているのか読めない桐乃に、流沙は肩を竦める。その横でにやにやと笑う化け物だったが、流沙はひとつ舌打ちをしてソファに深く座り直した。

「…そういえば、今度の相手は季朽だそうですね」

「え?あ…ご存知だったんですか」

「薔子から聞いています」

言いながら桐乃は流沙の向かいのソファに座り、膝の上で両手を揃えて姿勢を正す。

「季朽希…少々特殊な筋の子です」

「…それ、前から気になってたんですけど…季朽の中にも筋とかあるんですね…?」

流沙の質問に、はい、と桐乃は凛とした声で答えた。桐乃の背後に化け物……キューズが控える。その顔には相変わらず笑みが浮かんでいる。

「季朽には、大きく四つの筋がありました。季朽を創設した6代目当主、蘭の妹、鈴の子達の性格になぞらえ、それぞれの筋が喜怒哀楽の文字を冠しています」

「例えば、お嬢様の番いだった季朽枯羽は、怒季。番いという理不尽なシステムに怒りを覚えながらも、荊華院を愛してしまう季朽としての本能には逆らえない、というのが特徴ですね」

桐乃の説明にキューズが補足していく。流沙は再び顎に手を添え、首を捻っている。

「…そして、江戸時代末期。30代目当主蓬莱の双子の弟が、新たな筋を作りました。……それが、季朽希の筋、暗季です」

あんき、と流沙がぽつりと漏らすと、「暗い季朽と。まぁ暗いっていうのはそのままの意味よりも、隠されたというか、表に出てはいけないみたいな意味合いが強いですね」とキューズが続ける。うるせぇ、と言わんばかりに、流沙はまた舌打ち。

「年月が浅いので、番いとしては利用されていない筋です。…しかし、元を辿れば荊華院…帰属意識の裏返し、とでも言うのでしょうか、あの筋の人間に、まともな人はそう多くないのです」

確かにあの男もまともではなかった。流沙はあの男の顔を思い出し、成る程あの美しさは荊華院由来のものだったのだと納得する。ずっと抱え込んでいた違和感はそれだったのだ。

「…季朽希と季朽李希。彼らの親が亡くなってから、すっかり話を聞かなくなっていましたが……成る程、そういうことだったんですね」

「季朽李希って…妹、ですよね」

「はい」

作戦には名前は出なかったが、話の流れからその季朽李希という名前が、奴の、季朽希…"希望の空"に力を与えているという妹だと察することができた。しかし、桐乃の口振りに少し引っかかるところがある。

「あの…あいつの親って……?」

「……季朽井荻(いおぎ)と、淺間(あさま)です。井荻は女性関係に大きな問題を抱えていました。…それに嫉妬した淺間が井荻を殺害し、後追い自殺を」

「…それ、酷くないですか?子供がいるのにそんな、親が二人ともいっぺんに死ぬなんて。…そんなだから、あいつもおかしくなったんじゃ、」

いつの間にかキューズの顔から笑みは消えていた。そして桐乃は全く表情を変えない。しかしじっと見つめていると、少しだけ眉根が動いたような気がした。それが気の所為ではないことを示唆するように、桐乃はふっと目を伏せる。

「…荊華院の美は人を狂わせます。…井荻には、否、暗季には他の季朽よりも一際濃い荊華院の血が流れているのです。それならば、尚更」

すっと桐乃が手を上げると、キューズが流沙の前に立つ。笑みを取り戻した化け物は流沙を立たせ、「部屋でお待ちを」と背中を押した。流されるがままに部屋を出て行こうとする流沙は、一度だけ振り返り桐乃を見る。しかしその目は伏せ切っていて、流沙を見てはいない。
荊華院が抱える闇は、随分と拭われているとは思う。しかし、まだ底知れぬ闇が彼女達に纏わりついて離れない。そんな印象さえ感じてしまった。







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