novel | ナノ
久しぶりに感じた光は、ただひたすらに眩しかった。細めていた目が徐々に慣れてきて、光の中に彼を見る。

「もういいかい?薔薇嬢」

医師の問いに、えぇ、と彼女は応え、伸ばされた彼の手を取った。

「あなたの青は、そんなに美しかったかしら」

「お前の赤も、なんだかすごく綺麗に見える」

お互いの目を見つめ合い、微笑み、交互に頬に口付ける。そして手を繋いだまま、二人は医務室を後にした。

「…お熱いねぇ…」

医師は傍らに座り込む異国の少女の髪を撫でながら、微笑と共に呟いた。



「さて」

風紋は部屋を見回し、顔触れを確認する。薔薇の戦乙女、青い生物兵器、白黒の桜、翠玉の笛吹き男、島人の歌姫、影の浮浪者、般若の仮面。

「天国がいねぇっすね」

女王蜂、伊川和舞が風紋の隣でぼやく。

「天国はユートピアのライブ千秋楽でね、明日がゲネ、明後日と明明後日にラスト武道館ツーデイズを控えている」

「成る程、そりゃ無理だ」

和舞が肩を竦めて一歩下がると、風紋は立ち上がり、モニターを指差した。

「東先輩、そして協力してくれた島喰未珠ら異能者から得た情報で、奴らの実態をほぼ掴むことができた」

風紋が手元のスイッチを押すと、画面が切り替わる。そして、映し出されたのは、最後にあの部屋にいた三人のうちの一人、スーツを着ていた女だった。

「"青葉の街"。本名、街田青葉。先輩の情報を得たのは彼女らしい。何でも、死者に擬態する、とか」

深くは語られなかったが、じゅげむが明らかに動揺を見せた。微かに瞠目し、唇が動いたが、すぐにいつもの真顔に戻る。

「そして、"汐風"。本名、進藤汐里。彼のことはよく分からないが、恐らく本職は帝国理科大学の准教授だ」

再び切り替わった画面に映し出された男を見て、さくらの顔から笑みが消えた。黒白の瞳が細められたのを見て、サラバンドは「コイツのコトは確かによく分かんなかったネ」と口を開く。

「そして奴らのリーダーが、彼だね」

次いで映し出されたのは、すっかり見慣れたあの男だ。女性的な美しさを持つ、不敵な笑みをたたえた空色の目の青年。

「"希望の空"。本名、」

「季朽、希(のぞみ)」

ボスの声を阻んだのは、薔薇戦争だった。モニターを見つめ、真剣な表情をしている。

「最近公表されたでしょう、荊華院の公式の分家、季朽。…その中でも、特殊な筋の男だわ」

「…ということは、彼は薔薇嬢の遠い親戚だということだね」

「そうね」

「だから薔薇をあんなに欲し、んぐっ」

夜闇の言葉に頷く薔薇戦争。それに次いで流沙が何かを言いかけたが、薔薇戦争に腹部を小突かれる。薔薇戦争の方を見れば、唇を動かして「深い話は駄目」と諌められた。分かりましたよ、と同じように唇の動きで返して腹をさすっていると、ふと風紋の隣の和舞が笑んでいるのを見た。その笑みはどこか恍惚としていて…そう、それはまるで高飛車な女王蜂のような……

「彼の力は我らと同じだが、構造が少し異なるようだ」

「どういうこと?」

流沙の意識は、エスの問いによって逸らされる。風紋は表情を変えない。

「彼には双子の妹がいる。姿は彼そのままらしいね。…彼女が能力を生み出し、兄に使役させている」

「ヘェ…そんなことできるんだ」

にやつきとも取れる笑みを浮かべたまま、和舞が呟く。その笑みに体が粟立つのを感じ、流沙は彼から視線を逸らした。

「続いて。…先輩曰く、彼のことが一番不可解らしい」

そして映し出された男を見て、あっ、と声を漏らす。薔薇戦争を助け出す時、最後の最後に意味ありげな言葉を残した、あの白い男だった。

「"夢の明日"、という名前しか得ることができなかったそうだ」

夢の明日、と口の中で反芻していると、傍らの薔薇戦争の口からひゅうと音が漏れた。目を見開き、その顔には汗が滲んでいる。「…薔薇、」小さく声をかけてやれば、彼女は首を横に振って汗を拭った。風紋も薔薇戦争の異変に気付いてはいたが、無理に言及する様子もなかった。
すると、総合芸術家たる夜闇が風紋の隣から一歩前に出て声高々に告げる。

「現状把握は済んだかな?じゃあ僕の、芸術的とも言える今回の作戦をみんなに伝えることにしよう」








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