novel | ナノ
その部屋の存在は、今回協力してくれている異能者からあらかじめ聞いていた。どうやらあの異能者の少女の仲間がこの組織に潜伏しているらしい。なかなか危険なことをする、と思いながら、とにかく今は彼女からもたらされた情報にひたすら感謝だった。
流沙が飛び込んだ部屋に、彼らはいた。あの日流沙を襲った男と、スーツの女。そして、髪も肌も何もかもやけに白い男が薔薇戦争を抱き上げていた。

「薔薇!」

目に包帯を巻かれた彼女はぐったりとして、流沙の声にも反応を示さない。包帯に滲む血を見て、流沙はくっと唇を噛んだ。

「よく来ましたね、流沙」

「……希望の空」

男にしては美しい顔に笑みを乗せ、彼、希望はゆったりと首を傾けた。

「…薔薇を、返してもらいにきた」

「でしょうね、けど、それは叶いませんよ」

希望の言葉に、流沙はびくりと肩を揺らした。希望の後ろにいる白い男は、悲しそうに目を伏せる。

「薔子はもう俺のものですから」

その時だった。

「言質」

白い男の背後に、背の高い少女が立っていて。

「"薔薇戦争"の現在の所有者は、希望の空である」

そう唄う少女に、スーツの女が慌てて手を伸ばして。

「"薔薇戦争"の所有権は、俺がもらう」

そう唄う少女の肩を女が掴んだ瞬間、薔薇戦争の体が弾かれたように白い男の手から離れて。

「そして"薔薇戦争"の所有権を、流沙に譲渡する」

そう少女が唄えば、薔薇戦争の体を流沙が抱き留めた。

「薔薇は俺のもんだ」

少女……斎はスーツの女の腕に手刀を叩き込み、逃れて流沙の隣に立つ。勝ち誇った笑みを浮かべて。

「あんた達、新入りの俺のことを調べ損ねてたんだろ」

神見愛者最年少にして新参者である斎は、正式名称"斎太郎節"は、笑みを消した希望を見据え口を開く。

「あんたが薔薇戦争を自分のものだと豪語しても、所有権は全て俺が操る。あんたに薔薇戦争は一生渡さない」

白い男がどこかしらほっとした様子なのを流沙は多少の不信感を持って見ていた。しかし、聞こえた笑い声に意識を逸らされる。

「成る程、あなたが斎太郎節でしたか!これは大きな誤算でした」

希望は笑っているが、目が笑っていなかった。その目を見て体が粟立つが、薔薇戦争の体をしっかりと抱き締めて何とか平静を保つ。

「ですが、あなた方は俺達の懐に飛び込んできた。逃れられると思いますか?」

ゆらりと希望が刀を抜く。スーツの女もスーツの内ポケットから拳銃を取り出し、白い男も短刀を手にする。しかし流沙も斎も動じない。

「目的は果たした。帰らせてもらうよ」

その時、風景が一変した。白い霧が立ち込める渓谷のような場所になっていた。耳を澄ませば、どこからか笛の音が聞こえる。流沙は口角を吊り上げた。そして、二人は走り出す。希望が刀を振り上げ、女が拳銃の撃鉄を起こすが、

「あんたとお前の武器の所有権は全て放棄」

斎の唄で、武器は二人の手を離れてしまう。流沙と斎はそのまま走り、白い男のそばを走り抜けようとする。ふと見れば、男の目は白目と黒目が反転した、さくらの右目と同じ色をしていた。近くで見ればその白さは異常で…それはまるで、一度死んだ人間が動いているかのようでもあった。男が短刀を振り上げる。しかし同じことで、斎の唄で虚空に放り出された。

「…薔子を、頼んだ」

流沙の耳に、そんな声が届いた。走りながら男の顔を見れば、彼は柔らかな笑みを浮かべていて。その笑みをどこかで見たことがあった気がした。
渓谷の中に突如現れた扉に飛び込み、さらに走る。そして、工場のような、"見捨てられた者達"の本拠地である建物を脱したところで、さくらとサラバンド、待ち構えていた淨と萌々香と合流することができた。淨に薔薇戦争を託すと、彼女は急いで包帯を解き、薔薇戦争の目を診た。周囲の心配そうな声にひとつ心強い笑みを向け、淨は萌々香に薔薇戦争を担がせ一足先に組織の建物に戻っていく。

「俺達も帰ろうぜ、流沙」

今回の作戦の一番の功労者である斎に言われて流沙は頷くが、もう一度その建物を振り返り、最後に見たあの男の顔を思い出していた。

「……どっかで見たこと、あるんだよなぁ……」







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